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■4S -Serect girls,Serect friends,Serect futures,Serect stories-


 朝。
 いつものようにリリアン女学園の校門をくぐって、ちょっと歩いて、マリア様に手を合わせて、顔を上げると、
「ごきげんよう、祐巳さん」
 柔和な微笑を浮かべた祐巳の親友、藤堂志摩子さんの姿が目の前にあった。
 ロサ・ギガンティアの称号を背負う志摩子さんは、マリア像と並んで立っていても、遜色のない存在感をかもし出している……ように見える。
 積極的に目立とうとするでもない。人目を引く容姿ではあるけど、同じ薔薇さまの小笠原祥子さまや支倉令さまほど、ルックス的なインパクトは秘めていない。
 それでも存在感を感じさせるのはやはり、彼女の持つ先天的なカリスマという奴なのかなあと、祐巳は思う。
 平凡を絵に描いたような祐巳にとっては、自慢の親友である。
「……?」
「どうしたの、祐巳さん」
 小さな違和感。
 それを確かめるべく祐巳は、彼女の傍につつつと近付いていった。
 不思議そうな顔を浮かべる志摩子さんの目の前にたって祐巳は、彼女の額に掛かる柔らかな前髪を、壊れ物を扱うようにして軽くかきあげた。
「……っ!?」
 志摩子さんのおでこに手の平をのせて、その感触を確かめる。
「うーん、熱はないみたいだね。ごきげんよう、志摩子さん」
「い、いきなりどうしたの?」
「……何だか、ちょっと元気ないかなあって、思ったの。うん、それは私の気のせいみたいだったけど、少し心配だったから」
 ほぼ毎日顔を合わせているからそう感じさせたのだろうが、今日の彼女は少しばかり精彩を欠いていたように見えたから。
 我ながら大胆な行動だとは思ったが、それは親友の体調に比べれば些細なことである。
 結局志摩子さんは平熱(だと思う)だったけれど、祐巳の取り越し苦労ならばそれに越したことはない。
「……私、そんな風に見えた?」
 祐巳は無言で頷くと、志摩子さんは少し考え込むような風になった。
「志摩子さん?」
 呼びかけると彼女は、何かを決意したかのような表情を向けてきた。
「……あのね、祐巳さん。相談事があるのだけど、もしよかったら、聞いてもらえないかしら? ……ああ、こんな往来ではちょっとあれだから、今日の放課後に、温室で……」
 間髪おかずに祐巳は頷いた。知らず、力もこもる。
 そんな祐巳の態度に少々面食らったような志摩子さんだったが、相談事などと言われては黙ってもいられない。
 そう、志摩子さんは、勇気を振り絞って祐巳に 『悩み事』 を、打ち明けてくれるのだ。その決意を絶対にむげにしてはいけない。
 なによりも、純粋に、志摩子さんが祐巳を頼ってくれたことが、何にも変えがたいほどに嬉しかった。
「本当はこんなこと相談するの、祐巳さんに失礼なのかもしれないけど……」
「何言ってるの。私でよければ、いくらでも」
 志摩子さんの表情が、ふっと緩む。
 そして彼女の口が、「ありがとう」 と紡いで、そんな志摩子さんの表情が、心の底から安堵したような色を浮かべたから。
 まだ何も解決してないけれど、不覚にも胸がぐっと熱くなるのを感じた。

 志摩子さんとの道すがら、何でもない雑談に興じながら、教室へと向かう。
 昔、一年生の頃は教室の中まで一緒だった。クラス替えで、とてもとても残念だけど、彼女とは離れ離れになってしまった。
「ええ、そうね……。でも、こちらのクラスで新しくお友達になれた人もいるし。私みたいな人間には、こういった経験も必要なのかも、しれないわ」
「……だって志摩子さんとは、来年も違うクラスなんだもん。そんなの、寂しいよ」
 志摩子さんは、ただ微笑んでいた。
 別れ際、「じゃあ、温室で……」 と、志摩子さんは呟いて、行ってしまった。
 とはいっても、同じ学校同じ学園。別れ際なんて形容するほど大げさなものでもない。
 ただ何となく、そう思えてしまっただけなのだ。


 二年松組の教室に入り、武嶋蔦子さん、山口真美さんと、おなじみの人たちと挨拶がてら軽くお話して、自分の席に向かう。
 そして、このクラスで一番祐巳と親しい人。
 知り合って一年足らずでここまで親しくなれたその事実は、間違いなく祐巳の人生において最速。
 いつだって祐巳の手をぐいぐいと引っ張ってくれる、負けん気が強くて、厳しくも優しい彼女──島津由乃さん。
「よ……」
 由乃さん、と声をかけようとして、祐巳は反射的に押し留まった。
 普段なら、そう、昨日までの由乃さんは、祐巳が教室内に入ってくれば必ず、こちらを向いてくれた。眠たくて不機嫌そうな日もあれば、朝食が美味しかったのか、すこぶるご機嫌な表情を浮かべていることもある。
 そうして、上機嫌の時は歯切れよく、気分が低調な時にはそれなりな感じで、「ごきげんよう、祐巳さん」 と、おなじみの挨拶をしてくれていたのだ。
 それが、今日に限って、こちらを向いてもくれなかった。
 表情すら見えない。
 これでは一体、何を考えているのかさえ、判らない。
 余程彼女の机の前まで駆け寄って真意を問い正したかったが、すぐに予鈴が鳴り、クラスメイトたちが席につき始めたから、結局、釈然としないまま祐巳も席につくしかなかった。


 そうして結局、午前中の都合三回あった休み時間には、由乃さんと話すことは叶わなかった。
 授業が終わり、担当教師が教室を後にするやいなや彼女は、一目散に教室から消え去ってしまうからだ。
 どこに行っているのかは判らない。
 こんな短い時間の間に彼女が薔薇の館に行くこともありえないと思うし、結局祐巳は四時間の通常授業を、歯を食いしばって耐えた。


 そうして昼休み。
 今度こそ絶対に、逃がすわけにはいかない。そう祐巳は決意して、ノートや教科書を片付けるのもそこそこに教室を去ってしまった由乃さんを急ぎ追いかけた。
「由乃さんっ」
 廊下を駆け出そうとしていた由乃さんを、間一髪で呼び止めた。一瞬肩を震わせた彼女は、やがて観念したかのように足を止めてこちらを向いた。
「ごきげんよう、祐巳さん。あら、そういえば今日祐巳さんと話すのって、今が初めてだっけ?」
「……わざとらしいよ由乃さん。今日一日、私のことずっと、避けてたくせに」
 茶番に付き合ってる場合ではない。
 現にこうして口を利いてくれているんだから、嫌われたとは考えにくい。だからこそ真実を知りたい。きっと、けして浅くない理由があるはずなのだ。
「そんなに気になるの、私なんかの事が。別に祐巳さんがどうこう考えることでもないわよ。それでも──」
「それでも知りたいの。もし教えてくれないのならもう二度と由乃さんと口をきかない」
 目の前の少女の瞳が僅かに揺れる。どうやら動揺を誘うのには成功したようである。
 正直言って、祐巳にとってはハッタリである。
 何よりも由乃さんと口が利けなくなってしまったら、それこそリリアンの学園生活に大きく支障をきたしてしまうほどに祐巳は打ちのめされてしまうだろう。
 だからこれは、トランプで言うならばジョーカー。
 どちらに転がるか判らない。持ち主の祐巳ですら制御できなくて、運が悪ければ祐巳自身の身を滅ぼす。けれど、由乃さんの身を滅ぼす可能性もある。せいぜい脅しくらいにしか使えないこのカードは、ちらちらと見え隠れさせるだけで、絶対に切ってはならないのである。
 そんな綱渡りのような賭けは、それなりに効果があったようだ。
「……わかったわ。そこまで言うなら教えてあげる。でもね、教えた後にも続きがあるからそのつもりで。理由を教えた後で、感想聞くからね」
 話は良く見えないが、とにかく祐巳は頷いた。
「こんな往来じゃあちょっと話せないわね。放課後、温室で待ってるわ。薔薇の館に行く前によって頂戴」

 祐巳の返事を待たずに、由乃さんは行ってしまった。
 薔薇の館へでも行くつもりなのだろうが、どうしても祐巳は追う気にはなれなかった。気持ちは充分に伝わった筈だから、今はこれ以上近付く必要はない。
 後は気持ちを落ち着けて、放課後を待てばいいのだ。


 ──そうして二時間後。
 本日の授業を全うし、通常ならば薔薇の館へ向かうべきである祐巳。
 けれど今日はちょっと違う。
 祐巳にとって大切な親友から、相談事を頼まれているからだ。そのために、温室へと赴かねばならない。
 けれどそれは祐巳にとって苦労でも何でもない。
 親友が自分を頼ってくれた、ただそれだけで単純な思考回路の持ち主である祐巳にとっては、なによりも嬉しき事態なのである。
 その信頼に答えるべく祐巳は温室へと向かおうとして──

 瞬間、
 とんでもない事実に
 気付いてしまった。

「……」
「どうしたの祐巳さん、いきなり黙り込んで。何か、とんでもない事実に気付いたって顔、してるけど?」
 傍にいた蔦子さんが、覗き込むようにしてそんなことを聞いてくる。眼鏡の奥のその瞳が悪戯っぽく光っているのは、果たして祐巳の気のせいか。
「そ、そんなことないよ、後ろめたいことなんて。ほほほ……」
「……ふーん。まあいいけど。これから祐巳さんは薔薇の館よね? お仕事、頑張ってね」
 去りゆく友人を見送って、祐巳はそのまま硬直した、背筋を、いやな汗が、ひとすじ。
 正直、薔薇の館でお仕事どころの話ではない。
「やばいよ……」
 今朝方祐巳は、志摩子さんに会った。そこで彼女の態度に違和感を覚え、聞いてみると、どうやらなにごとかで志摩子さんは悩んでいるらしい。
 それに関する相談事を、温室で受けることになっていた。
 今日の放課後に。
 「志摩子さん……」
 そうして同じく今日の昼休み、午前中ずっと様子のおかしかった由乃さんを捕まえて問い詰めてみると、どうやら彼女もなにごとかで悩んでいる様子。
 らしくもなく強行手段に出て、どうにか話を聞かせてもらえるよう仕向けた。
 今日の放課後、温室で。
「由乃さん……」
 祐巳にとっては、二人ともかけがえのない親友である。
 そんな二人が、今日に限ってどうにも態度がおかしかった。心配に思い、彼女らと話して、そして相談を受けることになった。
 同じ日に、同じ時間に、同じ場所で。
 教室内に由乃さんの姿はない。きっと今頃温室へ向かっているか、あるいは既に到着しているかもしれない。志摩子さんもまた。
 完全に、祐巳の失策である。もしかしたら二人、温室で鉢合わせているかもしれない。
 決してどちらかを軽んじたわけではない。彼女らの相談後とそのものを軽んじてたわけでも、断じてない。
 ただ、二人とも心配だったから。
 だから、こんな肝心なことまで頭が回らなかった。
「馬鹿だ、私……」
 せっかく信頼して打ち明け話をしてくれるというのに、それに対してこんな不誠実な態度で対応してもいいのだろうか?
 いや、当然よくはない。
 二人とも怒り、悲しみ、そして祐巳と言う人間に失望することだろう。
 彼女たちの信頼を失う。それは、今の祐巳にとっては身を切るより辛く苦しいことだ。
 だから、ぐずぐずしている暇はない。
 すでに二人とも温室にいるとすれば、どちらか片方を温室の外へ連れ出して、話を聞く。もう片方の人には、けりがつくまで温室の中で待っていてもらうしかない。彼女たちの悩みはそれぞれなのだから、三人で仲良く話し合うなんて、できよう筈もない。
 温室の中へ残された側の人は悲しみ、憤るだろうが、それは言い訳せずに謝って、許しを請うしかない。完全に祐巳が悪いのだから。
「志摩子さんと由乃さん……どちらを選ぶの……私は……?」
 あるいは。
 あるいは、第三の選択肢もある──。


 1、穏やかで思慮深い、ふわふわした長い髪の少女を選ぶ。

 2、勝ち気で聡明な、三つ編みの少女を選ぶ。

 3、逃げ出す。