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■盗撮日和


 武嶋蔦子さんの趣味、それは盗撮。
「違います。そんな、人聞きの悪い」
 訂正する。武嶋蔦子の趣味は、カメラ。だがそれは既に趣味の領域を超えており、それこそ、『リリアンの誇るプロカメラマン』としての佇まいを、若干15歳にして、すでに醸し出している。
「さーて、今日もいっちょ行きますか」
 武嶋蔦子は自分を奮い立たせると、いつものように、喧騒に包まれた放課後へと身を躍らせた。もちろんカメラを携えて。
 今日も今日とて、盗撮日和。
「だから盗撮じゃないっての」


 ファインダーの中に映っているのは、癖っ毛を頭の左右で纏めた、いかにも少女漫画の主人公、といった感じの髪形をした女の子。
 福沢祐巳。蔦子のクラスメイトにして、友人の一人でもある。
 カシャリ
(一枚いただき)
 通算すると、彼女を被写体にした回数が一番多い。表情豊かな彼女は、カメラマンとしては、恰好の餌食……ではなく、優れたモデルである。彼女を写したフィルムを現像する時は、本当に楽しみなのだ。
 数が数だけに、どうしても、とても人様に見せられないような表情をカメラに収めたりすることもある。そういう写真は、ネガごと処分する……わけはない。
「だって、勿体無いもの」
 彼女を写した写真、総数は、既に三桁をとうに超えている。
(ふふふ、『祐巳マニア度』では、祥子さまや、どこぞの白薔薇さまにだって、ひけは取らないわよ)
 何故か自身満々な蔦子であった。



 お次は、肩をいからせて、ズカズカとおおよそ淑女らしからぬ恰好で歩いている、三つ編みお下げの女の子。これまた蔦子の友人、同じ一年生の島津由乃さん。
 なにがそんなに気に入らないのだろうか、とにかく今の彼女は、『触らぬ神に祟りなし』という雰囲気を、存分に発揮していた。
(いっただき〜)
 カシャリ。
 すると由乃さんは、何かに気付いたかのようにきょろきょろと辺りを見回し始める。
「……?」
 あぶないあぶない。彼女はあれで、相当に勘が鋭い。うっかり気を抜くと、自身の存在を気取られてしまう。やがて彼女は、蔦子の存在には気付くことなく歩き去っていった。
(う〜ん、由乃さんって、怒ってるか喚いてるか、令ちゃん令ちゃん言ってる場面しか写してないような気がするわ)
 まあそれも個性。
 全体的におしとやかな山百合会メンバーには、彼女のような、爆裂系超攻撃型娘も必要不可欠だろう。



 さーて次々。
 中庭を闊歩する蔦子は、そこで見知った顔を二つばかし発見して、いそいそと茂みに姿を隠した。
「白薔薇さまに、黄薔薇さま。二つの薔薇に、二つの輝き。麗しいわ」
 ぶつぶつと呟きながら蔦子はファインダーを覗く。お世辞にも、怪しくないとは言えない恰好であった。
 二人の薔薇さま、佐藤聖さまと鳥居江利子さまは、中庭の花壇を見つめながら、何事か語らっている。……いや、お二人の目は、花壇の中に咲き乱れている花々に注がれているわけではない。それらを通り越して、もっと先、目に見えない何かを見ている。
 つまり、自分自身の何かと、彼女たちは対峙しているのだ。
 何か、真面目な話なのだろうか。
 お二人の表情は、いつもの柔和なそれではない。重々しく、そして厳しい。いったい彼女たちの身に、何があったというのか。
 やがて黄薔薇さまが、重々しく口を開く。
「ねえ……聖。どうしても聞きたいことがあるの。正直に答えて」
「私に答えられることなら。話して、江利子。私は、あなたの力になりたい」
「……どうして、学園祭のころの私は、ヘアバンドをしていなかったのかしら。さっぱり判らない。お願い聖。あなたの知っていることを、教えて」
「それはきっと、あなたが一人で向き合わなければならないこと。手を貸してあげたいけれど、それをすることは、叶わない。お願い江利子、頑張って一人でその疑問を乗り越えて。そうすればあなたは新しい鳥居江利子になれる」
「……ええ、わかったわ。この試練、一人で乗り越えてみせる。ありがとう、聖」
 蔦子はファインダーを覗き込んだまま石化する。
(……とりあえず、一枚)
 カシャリ
 真面目なんだか真面目じゃないんだか判らない、境界線のハッキリしない、いや、ハッキリさせないところが、彼女たちの魅力なのかもしれない。
 どこか超人じみてると形容されるのは、きっとそのせいだ。
 と、強引に蔦子は結論付けて、とっとと先を急いだ。



 何だかんだと徘徊しつつ、蔦子は屋上に到着してしまった。
 こんなへんぴなところに誰が? と常人は思うのだろうが、そこはそれ。リリアンのプロカメラマンは、大都会のエア・ポケットであるここ、リリアン女学園屋上にひっそりと咲く、可憐で清楚な、ほころび始めた一輪の薔薇を見逃すはずも無い。
 やわらかそうな巻き毛が、ふわりと風になびく。
 藤堂志摩子。
 白薔薇のつぼみ。
 こちらも蔦子と同じく一年生で、クラスメイトで友人。
 カシャリ
 どこか他人を寄せ付けないかたくなさを残しつつも、祐巳さんや他の山百合会のメンバーや、彼女のお姉さま、佐藤聖らの存在により、その閉ざされた心にも小さな変化が見え隠れし始めている。
 カシャリ
 屋上の手すりにもたれて彼方を見やるそのまなざしは、15の少女特有のあどけなさと、意志の強と、そして心に抱える弱さが同居して、一種神がかり的なまでの尊さを、見る者は肌で感じることが出来る。
 カシャリ
「あの、蔦子さん」
 絵になる少女、藤堂志摩子。
 若干一年生ながら、その危うい美貌に憧れる一般生徒は数知れず。そんな存在を知ってか知らずか、彼女は今日も、その憂いを秘めた表情を、たった一人でもてあましている。
 カシャリ
「つ、蔦子さん、ちょっと」
「敬虔なクリスチャンである志摩子さんは、毎日の祈りを欠かさない。神の前でひざまずき、祈りを捧げるその姿は、誰も入り込めない神秘性を宿す──って、何? 呼んだ?」
「呼んだわよ、もう。さっきから蔦子さん、へんなことばかり口走ってるんだもの。その、かたくなだとか、危ういとか、憂いを秘めてるとか」
「あちゃ、声に出してたか」
 失敗失敗。コンセントレーションが高まってくるとこうなりやすい。頭に思い浮かべたことを、無意識に口走ってしまう。
「それに、どうして私のときだけ、隠れないで堂々と撮影するのかしら?」
「答えは簡単。志摩子さんが、NOと言えない日本人だから」
「はぁ」
「というわけで、ごきげんよう」
 蔦子は、逃げるように屋上を後にした。



 真紅の薔薇が、咲き誇っている。
 蔦子が今レンズ越しに眺めているのは、紅薔薇さま、水野蓉子。
 現山百合会の実質的なリーダーであり、大人びた佇まい、落ち着いた雰囲気、整った容貌と、学園のカリスマたる資質を十二分に備えた女性。
 優等生、水野蓉子さま。
 福沢祐巳曰く、『あの祥子さまを手の上で転がせちゃうほどの女性』である彼女は、ファインダーの向こうで、こちらを見つめて柔和に微笑んでいる。
 きりりとした眉、よく通った鼻すじ、すらりとしたプロポーション、そしてなによりも、自信に溢れ、それに裏打ちされた実力と器量の大きさが、彼女を、『絶対者』に押し上げている要因である。
(う〜ん、ありゃ将来楽しみな逸材だわ)
 カシャリ
(……って、どうしてこっち見て笑ってるの? あの人)
 状況は、隠し撮り真っ最中。なにより蔦子は、カメラを意識した表情と言うのを嫌う。ありのままの自然体を撮りたいのに、これではお話にならないではないか。
「げっ」
 ようやく理解する。
 蔦子の存在はとっくの昔に蓉子さまにばれており、それに気付かない蔦子の道化っぷりを、彼女は笑っていたのだ。
「ごきげんよう、蔦子さん。相変わらず精がでるわね」
「あ、あははは、いやですわ紅薔薇さまったら、人が悪い。気付いてるのに、教えてくれないなんて〜」
 ばれてしまうと気まずい。だからこそ蔦子は、『忍び足』とか、『気配遮断』とかのスキルを保有しているのだが、紅薔薇さまの壁は相変わらず厚い。
 ひたすら笑って誤魔化す蔦子をよそに、蓉子さまは、そのすべらかな手をそっとのばし、蔦子の制服のセーラーカラーを、順繰りに撫ではじめた。
「あの、紅薔薇さま?」
「今日は、どんな写真撮ったの? うちのメンバーがメインなのはわかってるの。だから、報告なさい。どんな写真を撮ったのか、細大詳しくね」
「ひいっ」
 恐い。表情は変わらず、されどその気配はたった今、淑女から、夜叉のそれに変貌した。
「あまりおかしな写真を握られても困るのよね。判るでしょう? 蔦子さん。不安材料は、早いうちに摘み取っておくに限るのよ」
「あ、あわわわ……」
 セーラーカラーを撫でる手に、若干の力がこもる。このまま絞め殺されるのではないかと蔦子は錯覚した。
 泡を食って、今日のフィルムの中身を報告する蔦子。それを聞き届けて、蓉子さまは一言。
「祥子は?」
「は?」
「祥子。私の妹は今日、撮らなかったの?」
「やべ、忘れてた」
 そして蓉子さまの気配は、夜叉のそれから般若へと変貌した。
「これはどういうことかしら蔦子さん。最高の被写体を撮らないなんて。もしかしてあなた、祥子のこと嫌い?」
「そっ、そんな滅相も無い……!」
「だったら私なんて撮ってる間にあの子を撮りなさい。あの子の美しさをもっと世間に浸透させるの。そうすれば来年の紅薔薇は安泰だわ」
「お、横暴……! 表現の自由という言葉をご存知ですかっ!?」
「へえ、言うじゃない」
 いつの間にか顔を寄せてきた紅薔薇さまが、蔦子の耳たぶを甘噛みしてちろちろと舐めて──蔦子は、あまりの刺激にあえなく失神した。


 蔦子はベンチの上で目を醒ました。
 軽い虚脱感。交錯する記憶。そして
「!」
 何かに気付いて、脇に置いてあったカメラをたぐりよせ確認する。
「なんてこった……」
 フィルムは全て感光されており、使い物にならなくなっていた。
「くっ、でも私は権力なんかに屈しない!」
 今日も今日とて盗撮日和。
 めげずに蔦子は、カメラ携え、リリアンの園を闊歩する。


 了






▲マリア様がみてる