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■二度目の春は桜色の憂鬱


「かがみー。かがみやー。かがみさまー。今日ゲーマーズに付き合ってー」
「ばっ、んな事でっかい声で叫ぶな! あと人を様付けすんな!」

 そんな風にしてあっという間に過ぎて行った一年。
 新しい友人を得、新しい環境で色々なことに触れ、考え、そして(多分)人並みには成長を果たすことが出来た、陵桜学園高等部での一年間。
 楚々とした美しさをたたえていた桜がやがて葉桜となり、目一杯に降り注いでいた夏の日差しがやがて木枯らしに連れて行かれると、しんしんと降り積もっていた雪が春のうららかな陽気により穏やかに融けていき、そしてまた美しい桜たちが新しい季節を運んでくる。

 ──柊かがみは、陵桜学園高等部の二年生となっていた。

 数日前に始業式を終え、新しい教室で新しい仲間たちと出会い、そして同様に新しい学園生活が始まった。
 ……いや、始まったはずであった。


「おっす! 柊〜」
「……日下部」
 春休み明け早々の教室で無遠慮に話しかけてくるのは、かれこれ中学校から数えて五年目の付き合いとなる、日下部みさおという女の子だ。
 男の子みたいな発言と行動が目立つが、れっきとした女子である。
「今年も同じクラスだなんてな! よっし、来年も同じクラスになれるかどうか賭けるかー!?」
「いいわね。じゃあ私、ならない方に賭けるわ」
「ばっ、おま、私と同じクラスになりたくないのかー!」
 盛大に嘆く日下部をよそに、かがみは密かに溜め息をつく。
 日下部みさおはいいヤツだ。楽しいときに楽しみ、悲しいときには悲しむ素直で根の真面目な子だが、ちょっとお馬鹿なところが玉に瑕である。

「みさちゃんは柊ちゃんと同じクラスに「なれる方」に賭けるんでしょう? だったら柊ちゃんは「なれない方」に賭けないと、賭けは成立しないわ」
「……あやの! ん、んなこた分かってるけどよっ。私はな! 柊の気持ちみたいなもんが見たかったんだよぉ!」
「ほんと、困った子ねぇ。よしよし」
「あ゛ーやーのー」
 ふざけたように、でもきっと本気で泣きついてくるみさおの頭をよしよしと撫でるのは、峰岸あやのという女の子だ。こちらも中学時代からの付き合いであるが、性格はみさおと対照的というか、みさおの保護者的ですらある人格者だ。

 ちなみにこの二人ともども、一年生時は同じクラスであったのだが、今年もクラスメイトとしてもう一年を過ごすことになったこの教室。
 見渡せば、他にも一年生時にクラスメイトとして机を並べていた面子が不思議と多いような気がする。
(……教師たち、ちゃんと仕事してるのか? うちのクラスだけシャッフルから漏れている、なんてことは。まさかね)
 つい、そう疑ってしまわざるを得ないごらんの有様である。

 最も大きい要因としては、日下部みさおと峰岸あやのの存在であるが、そのほかの事も含め、奇妙に『新しい季節になった気がしない』という感慨を抱くかがみである。
 
 それに不満があるわけではない。
 安心感という点においては彼女らの存在は、何よりも勝るものである。
 けれど──。

「うう。柊のヤツ、やっぱり私に飽きちゃったのかなぁ〜」
「みさちゃん。そんな事言っちゃだめよ。ただ柊ちゃんは、今は少し迷ってるだけだから」
「柊迷わすのは、あのちびっ子かー。うう、ちびっ子のくせにー!」
「みさちゃんったら」

 好き勝手に言い合う二人を余所目に(好き勝手なのはみさおだけだが……)、かがみは今日ふたつ目の溜め息をつく。
 悪くはない。悪くはないが、良くもない。
 それがかがみの、嘘偽らざる本音なのであった。


  ◇


 その日の夜のこと。
 いつもの日課的に勉強に精を出すかがみの部屋のドアを、控え目にノックする者があった。
「はい?」
 シャーペンを走らす手を止めかがみが答えると、扉の向こうから、飼い馴らされた羊のように控えめな声が聞こえてきた。
「お姉ちゃん。今、ちょっといい?」
 いいわよと答えると、部屋の扉が開かれる。果たしてそこに居たのは、寝巻き姿の可愛い妹、柊つかさである。
「入っていい?」
「なに遠慮してんのよ」
 苦笑気味にかがみが答えると、笑顔を浮かべて部屋に入ってきたつかさは、テーブルの前に置いてあるクッションにちょこんと腰を下ろした。
 少し落ち着きなく目をそわそわさせ、手足をもじもじとさせる妹は、さながら男性の部屋に始めて入った初心な少女のようですらある。普段どおりと言えば普段どおりの妹なのだが、私が男だったら襲われてるぞ、などと胡乱なことを考える。
「どうしたの?」
「えっとね……」
 つかさとは夕飯の卓でも顔を合わせている。なのにこうして出向いてきたという事は、改まって言いたいことがあるのだろう。
「今日、お姉ちゃんお昼のときにこっちに来てくれなかったから、どうしたのかな、って思って」
「ああ、なるほど」
 かがみは合点する。
 つかさを含む、つかさのクラスの子数名と仲良くなってからこっち、お昼はつかさのクラスに出向いて摂る機会が非常に多かった。
 ──何故なら楽しいから。
 薀蓄に耳を傾けたり、食べ物への奇妙な拘りなどについて語りながら食べるお弁当が、かがみにとっては何よりも楽しく、そして美味しいのだと気づいたからだ。
 そのためにかがみは、わざわざクラスの垣根を越えて行く。
「うん。今日はちょっと日下部に捕まっちゃってね。時間なくなったから、自分のクラスで食べたのよ。ごめんね」
「い、いいよいいよ。謝られることじゃないよ」
 つかさは全力でフォローしてくれるが、内心でちくりと罪悪感の棘が刺さす。
 日下部に捕まったからというのは、嘘だ。
 逆に言えば、日下部はいつもかがみを捕まえようとする。だが、時に強引に、時にのらりくらりとかわして、つかさのクラスに出向いて行くのだ。
 だからそれが理由じゃない。
 
 わざわざ教室の壁を越えて、隣のクラスでお昼を食べること。
 それが一種のマイノリティであることを、かがみは正確に理解していた。

 比較的一年生時と同じ面子が揃った新しいクラスメイトたちである。かがみが昼食時に教室から消えることは、彼等彼女等にとってすでに伝統工芸のようなものだろう。
 だが、新たな季節の幕開けだというのに、いきなり初見の人間にとっての奇異を晒したくなかったのだ。
 勿論つかさにそんな事を言いたくない。いたずらに戸惑わせるだけだ。
 あるいは、見通されているのかも知れないけど──。

「……私、お姉ちゃんと同じクラスが良かったな」
「何よ。やぶからぼうに」
「ん。なんとなく」
 つかさはそう言うとすくっと立ち上がった。
 最後の一言は、我が妹にしてはひどくハッキリとしたものの言い方であり、かつその意味はひどく曖昧なものであった。かがみは何も言えない。
 てくてくと部屋の入り口まで歩いていくとつかさは振り返り、「おやすみ」といつもの笑顔を残して去っていった。

 かがみは勉強を再開することにした。


  ◇


 翌日、学校での授業の合間の休み時間のこと。
 かがみの教室の入り口付近をうろつく、不審者を発見した。
(あ、あいつ。何やってんのよ……)
 高校生にしては小さい体躯の持ち主、故にみさお的には『ちびっ子』。
 不審者たる泉こなたは、教室内をきょろきょろと見回し、過剰に自分に視線が集まっていないことを確認すると、そそくさと教室内に入ってきた。
 人のことを言えた立場ではないが、普通あまりそういう事はしない。
「……かがみんや」
「な、何よこなた。急用?」
 うん、とこなたは神妙な面持ちで頷く。
 何か忘れ物だろうか。クラスが違うことが幸いし、辞書や教科書などを融通し合うことはこれまで何度もあった。
 今回もその類だろうかと考えたかがみは、ふと思う。
(そういや前に、入り口のとこから大声で呼ばれたことがあったっけ……)
 あの時は結局、こなたの行き着けの店への同伴を誘うという取るに足らない用事だったため、入り口で怒鳴るなと叱る形になったのだが、もしかしてこなたは、それを気にしているのかも知れない。
 少し大人げなかったなと思う反面、かがみは思う。
(こいつはこいつなりに、色々考えてるんだろうな……)
 一学年時のほぼ一年間の付き合いを通して、折により泉こなたの色々な面に触れてきた。
 陵桜の二年生に進級した今、しかし何ら変化のないように見えるこなたも、少しずつ変わってきているのかも知れない。
 
 春に咲く桜は毎年同じように美しく、見るものの心を和ませる。
 だがそれは人間側の勝手な思い込みで、毎年同じなどという言い回しは、桜にとっては業腹なのかも知れない。
 去年の桜と、今年の桜は違う。
 美しさも、その在り方も。ただそれが人間の目には映らないというだけで。

 こなたはいつもの目が線になる特徴的な笑顔を浮かべ、さも楽しそうに言う。
「……実はね、今日ゲーマーズに付き合ってもらおうかな、って」
「っ、やっぱりアンタはそこですか!?」
「今日はポイント二倍だしね。有効利用しなきゃ損だよ」
「無駄遣いすること自体が損だと何故気付かん!?」

 変わっていく。変わっていないように見えても、変わっていく。
 変わらない。変わっているように見えても、変わらない。

 きっと明日のお昼に、かがみはこなたたちのクラスでお昼を摂るだろう。
 こなたは飽きもせず、そして懲りもせずにかがみをゲーマーズに誘い続けるだろう。
 それでも多分、きっといつか。   
 変わらないものなんて、きっと何もないのだから。


 了






▲らき☆すた