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■桜司る出会い


 桜の季節は出会いの季節。
 私はこの春から、稜桜学園高等部の一年生として過ごしていく。
 この世に生れ落ちてからこっち、都合十五回目のうららかな春が、期待や不安による胸の高鳴りをもたらしてくれる。
 そんな柄でもないのに、と私は思うが、今年の春は何だか特別な気がした。
 あるいは私は、いつも同じことを考えているのかも知れない。
 新しい季節。新しい環境。そして新しい出会い──。
 私は……私たちは、桜並木の中をどんどんと進んでいく。
 学園名にちなんだこの桜の並木道は見事としか言いようもなく、まるで私の心の中みたいだな、と胡乱なことを考えてしまう。
 歩き進めるうち、やがて高等部の校舎が見えてくる。
 しっかりしろ、と自分をひとつ叱咤する。春だからって、へらへらしてたら笑われるぞ、と。
「行こ、お姉ちゃん」
「うん」
 隣を歩く妹に促され、私たちは同じ制服を着た生徒たちが吸い込まれていく生徒玄関を目指す。
 
 私の名前は柊かがみ。陵桜学園高等部の一年生だ。


   ◇


 入学式から半月ほど過ぎたある日曜日のこと。
 日課となっている朝のジョギングを終えて帰宅すると、ダイニングキッチンには日曜日のこの時間帯に見かけることのない人間の姿があった。
 私は少し驚いた。彼女が日曜日の朝早くに起き出しているのを見るのは、ここ数年記憶に無かったからだ。
「つかさ、今日は珍しく早いじゃない」
「あ、お姉ちゃん。おはよう」
 そう挨拶をしてくるのは、妹の柊つかさである。かがみも挨拶を返す。
 柊家では基本、朝食は三々五々に起き出してきた者から順に摂る。つかさはコッペパンを頬張りながら「うん」と平和そうに頷いた。珍しく早いじゃない、という問いに対するものだろう。基本的に妹はいつもマイペースなのだ。
 もぐもぐ、とパンを美味しそうに咀嚼し、飲み込む。私も自分の分のパンと牛乳を用意しながら、つかさの返事を待った。
「あのね、今日は友達が遊びに来るの。だから部屋の掃除をしようと思って頑張って早起きしたの」
「ああ。そういえば言ってたわね」
 そういえば昨日の夕食時に聞いた覚えがある。
「どうする? 私、邪魔なら外に出てるけど」
「い、いいよいいよ。お姉ちゃんも一緒に遊ぼうよ」
 つかさは大慌てで首を横に振る。
 姉妹といえど友人は共通ではない。特に私と妹は、小学校のころから同じクラスというものになる機会が無かった。
 ゆえに妹の友人関係でかがみが把握しているのはごく一部なのだが、おそらく高等部で得た新しい友人だろう。ならば邪魔したくないというのは本音だった。
「へえ、それは楽しみね。つかさとやっても私がいつも勝っちゃうし」
「あーお姉ちゃんひどいー」
 そんな感じに、姉妹でコッペパンを頬張りながら笑う。
 つかさの友人の何人かには会ったことがあるのだが、自分で言うのも何だが性格が180度異なる姉妹である。
 私とつかさは、実の姉妹であるから仲が良いのであって、これが赤の他人として知り合っていたなら、仲の良い友人となれていたかは疑問が残る。
 そういう意味で、つかさの友人たちというと、どこかつかさと似通ったところがある子が多く、イコール私とはそれほど気が合わない……というのが事実であった。
(ま、たまにはいいか。ゲームやってれば気が合うも合わないも無いものね)
 今日は柊つかさの双子の姉として、良識のあるところを見せておこう。
 これから毎週だと困るが、たまにはこんな日曜日も悪くないだろう。
「じゃあ私、境内掃除してくるから。あんたは部屋の掃除してなさい」
「あ、私もやるよー。むぐ、むぐむぐ」
 コッペパンを牛乳で流し込み席を立つと、つかさはコッペパンを口に咥えたまま席を立とうとした。
 つかさは食べるのが遅い。対して私は食べるのが早いのだが、似た遺伝子でありながら妹に比べ体重が増えやすいのは、ひとえにそれが原因のひとつであるとも思う。だがついやってしまう悪い癖だ。
 急いでパンを飲み込もうとする妹を手で制す。
「いいって。せっかく早起きしたんだから、部屋の掃除してなさい。ついでに、終わったら予習復習もしておくこと。いい?」
「もぐ。ふっもふ……うん。わかったよー」
 口の中のパンを片付けたつかさは、素直に頷く。わが妹ながら、こういう素直なところは実に可愛いと思う。
 立場を置き換えて考えてみればわかる。自分だったら、ひねくれてとても素直に返事など出来ないだろう。
「んじゃ、行ってくるわね」
「いってらっしゃーい」
 仕事に出る夫を見送る妻、という会話であるが、あながち的外れでもない。日曜日の日課のひとつである境内の掃除をするときは、私服ではなく巫女服を着るよう言われている。いわゆる仕事着のようなものだ。
 言い忘れたが、私の実家は神社なのだ。
「そういやあんたの友達って、なんていう名前? いちおう事前予備知識としてね」
 美味しそうに牛乳を飲んでいたつかさは、両手で持っていたマグカップを置いて答える。
「──泉こなたって言うの。クラスメイトだよ。私はこなちゃんって呼んでるよ」
 少し変わってるけど、可愛くていい子だよと、妹はさも楽しそうに笑った。

 昼食を摂り、部屋でのんびりとしていると、階下が少し騒がしくなった。
 おそらく、妹の客人が来訪したのだろう。
 相手が同い年であろうと、いきなりしゃしゃり出るのは気が引ける。つかさが顔つなぎをしてくれるのを素直に待つことにした。
 やがて階段を歩く足音、そして私の部屋の前を通り過ぎる足音が、楽しそうな話し声と共に聞こえてきた。実に落ち着かない瞬間である。
「……勉強でもしてよ」
 つかさは頃合を見て後で呼びに来ると言っていた。いつになるかは分からないが、まあ直ぐではないだろう。ノートを開いてシャーペンを手にし、漢字の書き取りに精を出し始めてから十五分後のこと。だしぬけに私の部屋のドアがノックされた。
 返事をするとドアが開かれる。向こうには妹の笑顔があった。
「えへへ。今、お友達と一緒にゲームしてるんだけど、お姉ちゃんも一緒にやらない?」
 つかさは面白い言い方をする。
 すでに私には話を通してあるのだから、今初めてその話題をするかのように話さずともよいのだ。何か理由があるのか、それとも拘りなのか。取り合えずこの場は合わせておくことにする。
「いいわよ。お友達はなんて?」
「是非に、って」
 まさか嫌だとは言えないよね……と、そんなことを考えながらつかさの部屋に向かう。 さあ、いよいよお待ちかねの対面である。
 泉こなたって、どんな奴だろう?

 つかさの部屋に入ると、ベッドの上に一人の女の子が座っていた。その姿を見て、なるほどこの子かと合点する。
 クラスは違うが顔を見ないというわけではない。つかさのクラスに用事で行った際に、つかさと話しているのを見かけたことがあった。
 だが、こうしてちゃんと見ると、とても同い年とは思えない。体格的に小学生かせいぜい中学生に見える。とまあそんな事は内心に秘めつつ。
「はじめまして。つかさの姉のかがみです。よろしく」
 私が無難にそう切り出すと、泉こなたは目を線のように細め、口を尖らせた。面白い笑顔だな、と思った。
「ども。つかさと同じクラスの泉こなただよー。今日はお邪魔してます」
 そう言ってぺこりと頭を下げる。髪質は綺麗だが、それほど拘っているとは思えないストレートヘアがさらさらと流れた。
 口ぶりはいかにもざっくばらんという印象だが、押さえるべきことは押さえてある。礼儀を知ってる子で良かった、と私は内心で安堵した。
 実は今私が一番言いたいのは、「小学生みたい」という一言なのだが、実質初対面でコンプレックスに関わりそうな事は慎んでおこう。
 つかさが世話になっていて、という辺りから話を進めようと思ったが、先手を打たれることになる。
「双子って聞いてたから、つかさと同じ雰囲気かなって想像してたよ。でもお姉さん、ツリ目キャラだったね」
「二卵性だからね。よく言われるわ、容姿も性格も似てないって」
「ほうほう」
 取り合えず話は合わせたが、ところでツリ目キャラって???
 似てない姉妹と言われることはよくあるが、ツリ目キャラと言われたことはない。字の如く、ツリ目ということなのだろう。
(……ああ、ゲームが好きって言ってたっけ)
 私も人並みにゲームをすることをつかさが話しているはずだから、それで合わせてくれたのだろう。
 テレビ画面には、とあるゲームがポーズをかけて停止されている画面が写っている。3Dの格闘ゲームのようだった。プレーしたことのないゲームだったが、キャラクターに見覚えがあった。きっと有名なゲームなのだろう。
「お姉ちゃんも一緒にやろうよ。はい」
「格闘ゲームってあまり得意じゃないんだけど。まあ、いいわよ」
「大丈夫。私も買ったばかりで素人なんで」
 そう言って泉こなたはのほほんとした顔で平和に笑う。例の目が線になる特徴的な笑みだ。わざわざゲーム持参でやって来るとは、この子はかなりのゲーム好きなのかも知れない。
 加えて、のんびりとした顔立ち割りに、頭の回転が速そうだ。のんびりとした顔と思考速度を持つ妹とは違う人種らしい。
「私じゃこなちゃんに全然勝てないの。お姉ちゃん、仇をとって」
「ほう。じゃあ妹を可愛がってくれたお礼をしないとね」
「アハ、お手柔らかにぃ〜」
 少し不自然なのはやむを得ないが、それなりに和気藹々とした、好ましい雰囲気だと、私は思った。

 ゲームの勝敗は一進一退という感じだった。
 数ゲームを私と泉こなたが継続してプレーしたのだが、結果はまあ、勝ったり負けたりの痛み分け。
 ようやくゲームの質を理解できはじめたが、そろそろつかさと代わろうかと考えていたところで、つかさが含んだように笑った。
「えへへ。こなちゃん、そういうの『接待プレー』って言うんだよね?」
「つ、つかさっ……!」
 これまで行儀良くマイペースを貫いてきたという感じだった泉こなたが、珍しく狼狽する。
(え、接待プレーって、何? 初めて聞く単語なんですけど)
 意味が分からなかったのは一瞬だ、要は読んで字の如くの意味だろう。
 つまり接待だ。この場合、素人である私を楽しませようと、泉こなたが気を使って私を勝たせてくれていたという事だろう。なるほど接待だ。
「……へえ。つまり泉さんは手を抜いていたってわけ?」
「お、おねーさん。声がちょっと怖いのですけど」
 つかさが補足説明を入れてくれる。
「こなちゃんはね、実はすごく巧いんだよ。空中に浮かせてぼこぼこぼこって。私、ぜんぜん逃げられなかったもの」
「なるほど。するとこれは明らかに手抜きよね」
「おおおぉ」
 泉こなたが戦慄する。
 いわゆるわざとらしい冗談だが、かがみが勝負事で手を抜かれるのは嫌いな性質であるのは本音だった。
「本気出してもいいよ。私も少しこのゲームが分かってきたし」
「うう、本気出したら多分、おねーさん泣いちゃうかも」
「ふふん、それは是非泣かせて欲しいものだわね」
「うー、分かった。じゃあ少しだけ」
 そう言うと泉こなたは、再びコントローラーを手に取った。
「お姉ちゃんがんばれー」
 妹が外野席から応援してくる。
 というか、かがみが参加してからこっち、つかさは徹頭徹尾に外野ポジションで、初対面同士の二人にあれこれとフォローしてくれている。
 少し申し訳なかった。
 ゲームが一段落したら離脱するかな……と、そんな事を考える。
「お姉ちゃん、始まってる始まってる!」
「え、ええっ。うわっ!?」
 考え事をしていたら、ゲームのラウンドアナウンスを聞き逃していた。
 動かないかがみのキャラクターが、泉こなたのキャラクターからの呵責のない一撃により吹っ飛ばされる。
 そこで仕切り直しと思いきや、泉こなたのキャラが技なのか特殊動作なのか、猛烈な勢いで迫ってきて、追撃の連打が見舞われる。
 かがみとしてはどうすることも出来なかった。
 ボタンを遮二無二同時押しをすると、何かのエフェクトが発動して泉こなたのキャラを吹っ飛ばしたが、画面下のゲージも無くなってしまった。
 あとはまた同じことの繰り返しである。
 ゲージが無いから、どうすることも出来ない。
 やがてかがみのキャラの体力ゲージが無くなり、そのときこなたのキャラの体力ゲージは満タンの状態だった。
 つまり、パーフェクト負けということだ。
「負けた……」
「わーい、勝ったー」
「こなちゃん、つよーい」
「ふふん。昨日ムック読んで研究したからね」
 なんだそれ。ガチャピンの相方がどうかしたのか?
 かがみの疑問をよそに、第二ラウンドは幕を開け、そして同じように幕を閉じた。笑うしかないとはこういうことだ。
「つ、強いね泉さん」
「まあねー。これの前作の大会に出たこともあるし。予選で負けたけどね」
「……」
 なんだろう。ゲームというものに対する執着に、光年単位での距離の差を感じる。
 かがみはあくまで暇つぶしにゲームをやる性質なのだが、泉こなたはゲームに命でもかけているのだろうか。
「そろそろ別のゲームやろう。つかさ、何か面白いの無い?」
「あ、えっとねー。そういえばクイズゲームなんだけどね」
「うんうん」
 かがみのドン引きを敏感に察知したのか、泉こなたは違うゲームをやろうと言う。かがみも了承した。
 賢明だろう。このままでは柊姉妹の黒星が累々と積み重ねられるだけの不毛な時間になりかねないところだ。
 これやろう、と妹が取り出したのは、少し前に姉妹ではまっていたクイズゲームだ。多人数プレーでは、バラエティのクイズ番組のように、対戦形式で正答を競い合うという内容だ。
「おお……これはやったこと無い」
「えへへ。今度は勝とうね、お姉ちゃん」
 妹のたくみなフォローに感謝したい。さあ気持ちを切り替えて、と。
「よーし柊姉妹の逆襲よ!」
「お、お手柔らかに」
 格闘ゲームが一段落したらお暇しようと考えていたが、流石にあれでは終われない。
 もう暫くは居座らせてもらおうと、かがみは再びコントローラーを握ったのであった。


  ◇


 楽しい時間は矢の如しと言うが、今日という一日が過ぎるのはそれなりに早い。気がつけば泉こなたが来訪してから三時間ほどが経過していた。
 ゲームにも少し疲れ、雑談のさなかにつかさが唐突に言った。
「そういえばこなちゃん、どこかのお店に行きたいって言ってなかった?」
「つ、つかさっ……。またそんな、言わなくてもいいことを!」
 狼狽する泉こなたをよそに、我が妹は何が楽しいのか、終始おだやかな笑顔が絶えない。それはかがみも泉こなたも同様だったが、今日のつかさは一際楽しそうに見えた。
「お姉ちゃん、どう?」
「そうね。ずっと家に篭ってるのも不健康だし。泉さんが行きたいっていう店、付き合ってもいいよ」
「お、おねーさん。そんな、無理に付き合ってもらわなくても」
「えへへ。今日のこなちゃん、ちょっと普段と違うね」
 泉こなたは遠慮するが、このままつかさの部屋にいてもする事がない。妹の友人とそれなりに親しくなれた事は有意義だが、折角の日曜なのだから、出来ればもっと有意義に過ごしたいじゃないか。
「じゃ、行きましょうか。つかさ、準備しなさい」
「はあい。ちなみに本屋さんみたいなお店だから、お姉ちゃんの好きな本もいっぱいあるよ、きっと」
「それは楽しみね。ほら泉さん、案内して」
「うう、おねーさん意外に仕切るなあ」
 泉こなたは尚も何か言いたげだが、どうやら観念したようだ。こう見えてつかさは意外に押しが強いし、逆に泉こなたは押しに弱いみたいだ。この二人は意外にナイスコンビなのかも知れないな、と思った。

 準備を整えて三人で家を出、電車を乗り継いでたどり着いた先にあった店は、かがみの全く知らない店であった。
 だが推理は出来る。店内に出入りする客層のスタイルや、店の雰囲気などからおおむね予想は出来るのだが、あえて泉こなたに聞いてみる。
「ゲーマーズ……何の店なの、ここ」
「ふふん。おねーさんついに来ちゃったね。ここはね、オタクのための店だよ。私みたいなね」
 あまり気乗りしていないように見えた泉こなただが、ここに至り開き直ったようだ。
 そうか、オタクか。
 ゲームの腕前や言動の雰囲気から、何となくは推察出来ていたことである。無論オタクであろうとなかろうと、大切な妹の大切な友人だ。かがみとしては態度を変えたりはしない。
 だが、気になる事がひとつある。
「……つかさ。あんたもしかして」
 小声でつかさに聞いてみると、妹は少し頬を赤らめながら笑顔で首を横に振った。
「ち、ちがうよ。私はこなちゃんに誘われて何度か来た事があるだけだよ」
「そう。安心したわ」
 妹が密かに道ならぬ道に走っているかと不安がよぎったのだが、杞憂だったらしい。
 そんな柊姉妹の密談をよそに、泉こなたはまるで自宅に返ってきたかのように堂々と店内へと入り込んでいく。店内から「早くー」と手を振りながら急かす泉こなた。
 私とつかさは若干苦笑い気味に顔を見合わせ、そして泉こなたを追って店内に入っていった。


 初めて入ったゲーマーズという店の印象としては、”何でこんなに凄いんだろう”という驚きにも近いものだった。
 文庫小説、とりわけライトノベルと呼ばれるジャンルの小説を読むことを趣味とするかがみとしては、それらの小説のラインナップが充実していることが嬉しい誤算といえたが、それが驚きの要因ではない。
「こりゃ凄いわね……。アニメ絵に酔いそう」
 ゲームやCD、グッズや雑誌類など様々な商品が店内ところせましと並べられているが、共通点としてそのいずれにもいかにも男性のオタクをターゲットとしたアニメ絵が書いてあることだ。
 中には、ちょっと直視するのが恥ずかしい程に色っぽいイラストも混じっている。
(すご。何あのウェスト細さ……じゃなくて)
 明らかに女子高生たる我々三人は、店内において場違いであるはずなのだが、少し前を歩く泉こなたは、さながら海中の魚である。我が場所を得たりと店内を無尽に闊歩する。
「ねえねえ、泉さん、泉さん」
「なになに、おねーさん」
 かがみはさっきから気になっていた質問をぶつけてみた。
「こういうのって、女子の目から見ても魅力的に写るものなの?」
 つまりかがみの目には全く魅力的に写らないという意味の逆説なのだが、泉こなたに気にした様子はない。
「うん。趣味は人それぞれって事なのかな。人口は少ないけど、私みたく女の子でも、こういうの好きな子は好きなもんだよ」
「へぇ……」
 奇妙な一般論で返されてしまった。まあ、好きなものを『何で好きなのか』と聞かれても、答えにくいものがあるだろう。
 更に店内の物色を続ける泉こなたであったが、そこでかがみは違和感に気付く。
(……泉さん、何で同じ漫画を二冊手に持ってるの?)
 何かの手違いだろうかと、かがみはそれを指摘する。同じの二冊持ってるよ、と。
「ああ、これ?」
 すると泉こなたは、例の目が線になる特徴的な笑みを浮かべ、さも当然のように語った。
「二冊買いは基本だよねー。一冊はもちろん読書用だけど、もう一冊は保存用かな。ものによっては後になってオクで高騰してるのとか見ると何か優越感あるしね。勿体無いから売りに出したりはしないけどさ。持ってるだけで割りと幸せな気分になれるものだよ」
 したり顔で語る泉こなただが、かがみに理解できる部分はひとつとして無かった。

「──はあ!? なにそれわけわかんない! 勿体無いとか言っても、二冊も三冊も買うこと自体が勿体無いじゃない!? 意味わかんないわよ!!」
「──ッ!?」 
 そこが店内であることも。
 相手が今日出会ったばかりの女の子であることも。
 全てを忘れて、かがみは盛大に突っ込みを入れてしまっていた。

「あっ……」
 かがみは反射的に手で口を押さえる。だが一度口走ってしまった言葉が引っ込んでくれるなんてことはない。
 し、しまったぁ〜。
 今日会ったばかりの子にキツイこと言っちゃだめじゃない、私……ばかばか。私のばか。
 泉こなたも驚いたらしい。水を得た魚のようなテンションで店内を物色していた素振りはなりを潜め、目がきょろきょろと動き挙動に落ち着きが無くなってしまう。
「ご、ごめんなさい泉さん。その、つい」
「い、いやぁこちらこそ。うん。おねーさんの感覚の方が正しいから。私がおかしいだけだから。絶対」 
 互いに相手のフォローに無心するも、かがみが「意味わかんない」と頭ごなしに全否定してしまった事実は揺るがない。気持ちが焦った状態でのフォローなど、上滑りするしかないのだ。
「お姉ちゃん、こなちゃん。何かあった?」
 店内の少し離れたところを散策していたつかさが、不思議そうな顔をしてやって来た。
「おお、つかさ。私が同じ漫画二冊買ったりするのって、やっぱおかしいよね! ね!?」
「え? 観賞用と保存用だっけ? うーん、私は一冊しか買わないけどなあ……。でも別に二冊買ってもいいと思うけど」
「ほら! だからおねーさん間違ってない!」
「う、うん」
 かがみは曖昧に頷いた。
 別に自分が間違っているとは思っていないが、もっと他に言いようがあったように思うのだ。例えば今のつかさのように、波風立てず穏便に。
 どうして私は頭ごなしの否定などしてしまったのかと、内心で頭を抱えるかがみだった。
 それからも暫く店内を散策したが、かがみも、そして恐らく泉こなたも、何を喋っているのか多分わかっていなかった。
 
 自宅への帰路のさなか、いつもより口数が少ないかがみのことを、妹は少し心配していたようだった。
 隠すほどのことではないが、失敗は失敗だ。かがみは素直に打ち明けた。
「あはは。お姉ちゃん気にしすぎだよ。こなちゃんは、そんな事で怒ったりする人じゃないから」
「そうかしら」
「……うん、多分」
「おいおい」
 つかさは自信なさげだが、よく考えればそれも無理はない。
 高等部で得た友人なのだとしたら、まだ付き合い始めて半月足らず。短い期間では見えてこない人間性もあるだろう。
「ごめん。せっかく引き合わせてもらったのに」
「大丈夫だよ」
 つかさは笑った。どんな悩みでも癒してしまうような笑顔だった。
 泉こなたも妹のこんな笑顔に惹かれたのかも……と、かがみはそんな事を思った。


  ◇


 それから半月ほど経ったある日の朝──。 
 そろそろ葉桜が目立ち始めた桜並木の中を、かがみとつかさは歩いていた。なんでもない普段の登校風景である。
 僭越にもクラス委員という肩書きも授かってしまい、高等部での学園生活も、それなりに板についてきたという自負ある。
 高等部では、中等部の頃の仲の良い友人数名と同じクラスとなったし、また新しい人間関係に馴染めないというほど自分に社交性が足りないとも思わない。
 ほどほどに満帆な滑り出しと言ってよいと思うが、かがみにはひとつだけ懸念している事があった。

 ──泉こなた。

 あれから顔を合わす機会はない。
 もともと妹の友人であるから、敢えて顔を合わす必要はどこにもないのだが、ついやってしまった突っ込みとはいえ、怒鳴りつけてしまったのは事実である。
 かがみがそれを気にしているように、泉こなたも気にしているとしたら……。
 そう考えると、夜眠れないという程ではないが、授業にうまく身が入らないことはある。
「あ、こなちゃんだ!」
「っ」
 何と言うタイミングだろう。妹が視線を向けるその先には、高校生というにはやや尺の足りない体躯の女生徒が、一人で歩いていた。
 泉こなたもこちらに気付いたらしく、例の目が線になる特徴的な笑みを浮かべながら、こちらに寄ってきた。
「つかさー。おねーさんも。オハー」
「お早う、こなちゃん」
「お早う。泉さん」
 自然に合流する形となり、かがみ、つかさ、泉こなたと並んで歩く。
 春の陽気はうららかだったが、かがみの内心には少し鬱屈としたものがあった。
 あのときの事を謝るべきだろうか。でも、いきなり切り出したら逆に引かれちゃうかも知れない……と。
 その時、つかさが何気なく切り出した。
「お姉ちゃん。昨日ね、こなちゃんと一緒にゲーマーズ行ってきたの。また今度お姉ちゃんも一緒に行こうね」

 つかさ、あんたって子は……。
 出来た妹の姉として、ほんと鼻が高いわ、私。

 かがみは意を決して言う。
「泉さん、この間はごめん。急に怒鳴ったりして、びっくりしたでしょ」
 対して泉こなたは、
「いえいえー。あんだけ言われると逆に清々しいっていうか。おねーさん突っ込み上手だね!」
「あはは。お姉ちゃんすごーい」
「ばっ、べ、別に私は突っ込みが上手いってわけじゃ……」
 そんな風にして歩いていく。
 
「でもさ泉さん、”おねーさん”っていう呼称はどうかと思うのよ」
「ほえ? じゃあ何て呼ぼっか」
「そうねぇ」
「あはは。お姉ちゃんだって普段みんなに呼び捨てなのに」
「そりゃまあ、そのうち……」

 桜の季節は出会いの季節。一ヶ月前、確かに私はそんな事を考えた。
 妹の友人、泉こなた。変な奴。明らかに変な奴だけど──。


 こんな出会いも、悪くないかもね。


 了






▲らき☆すた