■六月の雨


 外はあいにくの雨だった。
 六月といえば梅雨時。日頃マリア様へのお祈りを欠かさない我々リリアン生に対しても、雨は容赦なく平等に降り注ぐ。
 ひとたび趣味の境地に立てば雨はとても歓迎しうるものではないが、自室で聞く雨音はそれほど嫌いではない。
 むしろ心落ち着ける好ましい背景音楽と言っていい。
 これといって贔屓のミュージシャンがいるわけではないし、点けっぱなしにするほどテレビに依存しているわけでもない。
 そんな武嶋蔦子にとって、雨音は身の回りに不足しがちな音楽を補ってくれる。気持ちの空白を雨音が控えめに埋めてくれるのだ。

 ──こんな意見は平成の女子高生としては少数派だろう。
 例えばほら、ベッドの上でうつ伏せになってアルバムを開いている彼女なんかは、典型的なお日様に愛された女の子だ。彼女に陰鬱とした雨は似合わない。
「……さっきから蔦子さんは、私の髪形がそんなに気になるの?」
 お日様に愛された女の子──友人の福沢祐巳は、アルバムに向けていた視線をこちらに向ける。少し不満げな、尖らせた口と相性の良さそうな視線だった。
「別に。ただ見てただけじゃない。祐巳さんは雨とか嫌いそうだなって思っただけ。他意はないのよ」
 雨か、と彼女は小さくつぶやくと、また視線をアルバムに戻す。
 ちなみに彼女が眺めているのは、蔦子の持ち物であるアルバムだ。中にはリリアンの生徒たちを写した写真が収められている。主に写真部での展覧に用いたものであるため、彼女がこれまで目にしたものも多いはずだ。


 今は土曜日の午後。
 昨日の休み時間に祐巳さんと少し喋っていたとき、不意に遊びに出かけようという話になった。
 彼女はかなり社交的な人物だか、誰かと連れ立って出歩くということはあまり多くない。言わないだけなのかも知れないが、そういった話はそれほど聞かない。
 対して蔦子は出歩くことは多いが、それはカメラをぶら下げた気ままな一人歩きだ。誰かと出歩くことはそれほどない。
 祐巳さんとはこれまで二年間同じクラスで過ごし、クラス替えが行われない三年生となった今も、同じ三年松組のクラスメイトとしてそれなりに仲良くさせてもらっている。
 しかし、そんな二人の性格が災い(?)してか、これまで無目的に連れ立って出かけたことはなかった。
 遊園地で同じ時間を過ごしたり、喫茶店で談笑したりということはあったが、いずれも二人きりというわけではない。
 だから二人とも同じようなことを考えたのだろう。こんな機会は二度とないかも知れないと。
 こうと決めたら祐巳さんの行動は案外と早い。明日の土曜日に──つまり今日の今この時間であるが──出かけようという案を持ちかけてきた。蔦子としても反対する理由はない。
 誰かと連れ立って出歩くことにはそれほど手馴れていない。彼女がイニシアチブを取ってくれるなら有り難い。
 そんな風に蔦子は気軽に考えていたのだが──。


「……雨か。あんまり好きじゃないね」
 アルバムの次のページをめくりながら、祐巳さんは答えた。
「湿気が多いと、これが纏まらないの」
 空いた左手で彼女が撫でているのは、今日はいつもと違う彼女自身の髪だ。日頃は左右で縛って纏めているのだが、今日はそれを下ろしており首まで隠れている。
 彼女は纏まらないと嘆いているが、蔦子の目には充分に纏まっているように見える。やや童顔と言える顔立ちである彼女だが、今日は髪形のせいで年相応に──ともすれば少し大人びて見える。
 それを伝えるが、祐巳さんは諦めたように首を横に振った。
「べたべたするやつで無理矢理まとめてるだけ。触るとすっごいよ。ばさばさでがさがさだから。芝刈り機でぜんぶ綺麗にしたいくらい」
「隣の芝生が青いだけよ。祐巳さんは充分綺麗」
「ふーん。じゃあ触ってみる?」
「遠慮しときます」
 祐巳さんはくすりと微笑むと、またアルバムをめくる。現実は大事だが、率先して夢を壊す必要はどこにもないのだ。
 自室に人を呼ぶ機会があまりないから、蔦子の部屋には遊び道具なんてほとんど無い。見ごたえのあるものといえばせいぜいアルバムくらいで、ずっとそれを眺めている祐巳さんと気ままにお喋りをしている。
「そんなに気になるなら、普段みたいに縛っておけばいいのに」
「休みの日は縛らないって決めてるから」
「へー」


 出かける予定だったのは午後からだったが、今日は朝から雨降りだった。朝起きた蔦子が、さてどうしようかと悩んでいたとき、武嶋家の電話が鳴った。祐巳さんからの連絡だった。
 無目的に出歩くことはそれほど意味のある行為ではないが、親しい友人とのそれは意味があろうとなかろうとそれなりに楽しい。しかし、雨の日に敢行したいかと聞かれれば首を縦に振りがたいものがある。
 電話を掛けてきた祐巳さんもだいたい同じことを考えており、少し話た結果。二人で出かけることは無期の延期となった。
 それなら今日はおとなしく勉強でもと思っていたところで、受話器の向こうの祐巳さんから提案があった。蔦子さんの家に遊びに行ってもいい? と。
 蔦子のほうに断る理由はもちろんない。全然オーケーであることを伝える。受話器の向こうの祐巳さんは直ぐにでも来訪してきそうな雰囲気だったが、ひとつ気付いたことがあった。
「ところで祐巳さんってウチに遊びに来たことあったっけ?」
「うん、ない。だから駅まで迎えに来てもらえたら嬉しいなあ、なんて」
 蔦子の家は最寄の駅からそれほど離れていないが、道のりはかなり入り組んでいる。道を教えるより迎えに出たほうがきっと早い。
 約束の時間に駅の改札の近くで待っていると、見覚えのある顔の女の子が、あまり見覚えのない髪形でやって来た。
「お待たせ。迎えに来てくれてありがと」
「……誰?」
「祐巳ちゃんだよー」
 そんな経緯で、今に至る。


「一年生の頃に、確か蔦子さんは見てると思うよ」
 髪形の話だ。おそらくそれは喫茶店でのことだ。他にも何名か、友人知人が同席していた。
「そのときの写真は、このアルバムには無いみたいだけど」
「確かあのときは写真撮るの自重してたから」
 祐巳さんが見ているアルバムに収めているのは、展覧用の写真──つまり公開しても誰の気持ちも逆撫でないものだ。公開にあたっては主立って写っている人物の許可は取るが、体育祭の写真などが公開を拒否されることはまずない。
 赤いアルバムに収めるのは、そういう写真だ。
「……こっちのアルバムも見ていい?」
 祐巳さんに渡してあるのは、赤い表紙のアルバム。祐巳さんが指したのは、部屋の隅の棚においてある青い表紙のアルバムだ。もしかすると、初めからそちらの方に興味があったのかも知れない。
 日がなカメラを構えて彷徨っていると、なんの関係もない第三者が見るのが憚られるような場面に遭遇することも少なくない。カメラには何らかの不思議な力が宿っていて、それにより自分が引き寄せられている。そんな風に真面目に考えていた頃もあった。
 青いアルバムには、そういう写真が収められている──。


  ◇


 今から一年ほど前のあの日も、今日みたいな雨降りだった。
 カメラはいわゆる精密機器なので、雨どころか水に特に弱いのだが、だからといって雨の日に蔦子はカメラを手放したりはしない。
「困りますっ」
「事務所を通してくださいっ」
 その日の二週間ほど前に、校内で祐巳さんと、友人の島津由乃さんの写真を撮ったときのジョークの一節だ。あのときの祐巳さんはすこぶる上機嫌だったが、どこか空元気のような雰囲気が汲み取れた。
 彼女とは友人ではあるが、深く突っ込んだ話をする仲ではないため何があったのか……そもそも何かあったのかなかったのかさえ蔦子は知らない。だからそれは蔦子の直感だった。
 祐巳さんは人は好いが、刹那的なジョークなどにそれほど興味のない性格なのだ。真面目で、印象より頑固な人だ。だからそのとき違和感があった。

 それからも、祐巳さんらしからぬ一面がちらほらと垣間見えることがあった。
 発言が急に投げやりになったり、かと思うと日をまたいだら上機嫌になっていたりと、実にらしくなかった。
 誰彼の目にとまるほど大きい変化ではない。むしろ些細な変化ではあるのだが、彼女のことをそれなりに知っていれば不思議に思うほどの差である。
 しかし今は梅雨時。祐巳さんは単に雨が嫌いで、気持ちがくさくさしてるだけかも知れない。

 それから少ししたある雨の日──とは言っても梅雨時というのはだいたいが雨の日だが、帰宅しようと生徒玄関に向かっていた蔦子の脇を、駆け足に通り過ぎていく女生徒があった。
 頭の左右に垂らした縦ロールの印象的な生徒だった。あの後姿には見覚えがある。新入生歓迎会のときにやたらと目立っていた一年生だ。
 彼女は随分と急いでいる様子だったが、蔦子のほうに急ぐ理由はない。いつものように下足箱に向かい靴を履き替え、傘立ての傘を持ち外へと向かおうとしたところで、異変に気付いた。
 彼女──祐巳さんと、彼女の姉である小笠原祥子さま。そして今しがた蔦子の脇を駆け抜けて行ったあの女生徒がいた。なにやら揉めているらしく、蔦子の姿には誰も気付いていない様子だった。
 三人のうち二人は顔見知りだが、話しかけようとは思えなかった。お世辞にも良い雰囲気とは言えなかったからだ。
 外は雨であり、雨音により会話の内容までは聞き取れない。せめて挨拶だけでもといえる雰囲気ですらなかったため、蔦子は彼女らの目に留まらないようにいそいそと玄関を抜けた。

 傘を広げて外に出ると、ぼつぼつという割と大きな雨音がひびく。かなりの本降りといえた。
 玄関を出てすぐの所に図書館がある。さらにその先にマリア像があり、そこから校門まで銀杏並木が続いている。
 バス停に向かうためにはその道のりを淡々と歩いていけばいいだけだが、蔦子の足は図書館の脇でふと止まった。
 彼女と一緒に帰りたいだけなら、少し離れたところで話が一段落するまで堂々と待ってればいい。だというのに図書館の建物脇でこうして身を隠すようにしているのは、予感があったからだ。
 鞄の中には、いつも持ち歩いているカメラがあった。


 ……それから五分もせずに、蔦子は自分の予感が当たったことを知る。気持ちの準備は整えていたつもりだが、それでも驚きはあった。
 結構な勢いの雨音の中、駆け足で水溜りをはじく音が徐々に近づいてくる。見えてきた姿はよく知るもの。今さっき生徒玄関で見かけた祐巳さんの姿だった。
 彼女は傘を持っていたがろくに差しもせず、濡れ鼠になりながら転がるように駆けて来る。蔦子は建物の陰に隠れていたが、別に隠れなくとも気付かれなかったかも知れない。駆ける足は速度を緩めず、10メートルほど離れたところをそのまま駆け抜けていこうとする。髪や制服が雨に濡れることも、足を引っ掛けて転んでしまうかも知れないことも、いとわないような彼女の振る舞いだった。
 蔦子は眼鏡をかけても0.7の視力だが、カメラのレンズから覗と、ひどくくっきりと目の前の世界が見える。祐巳さんの目が雨だけじゃなく涙で濡れていることも。彼女の首からロザリオが外されていたことも。

 蔦子の左手は傘の柄で埋まっていたが、カメラの操作には右手だけでも充分に足りる。ただシャッターを押せばいいだけの話なのだから──。


  ◇


「……あの青い方はどんな写真が入ってるの?」
 祐巳さんの疑問はもっともだ。棚の青いアルバムを見る祐巳さんの目は、純粋に好奇心で満ちていた。蔦子は祐巳さんの問いに、正直に答えることにした。
「毎日カメラ片手にふらふらしてるとね、本当は関係のない他人が見てはいけない場面に出くわすことも多いわけ」
「うん。そうだろうね」
「その青いアルバムには、そういう写真を収めてるの」
「……そうなんだ」
 祐巳さんの返事は歯切れが悪い。彼女は考えていることが顔に出やすい人だ。人が好いから忌まわしいものを見るような顔はしていないが、どこか同情するような目を青いアルバムに向けている。そしてそれは、蔦子自身に向けられたのと同じ意味を持つ。
 見てもいいよと促すと、戸惑いつつもつとめて真面目な表情で青いアルバムに手を伸ばす祐巳さん。
 棚はベッドから手を伸ばせば届くところにある。物を持つことにあまり執着がないので、棚には多少の本と使い終わったノートくらいしか置いてない。
 そこに無造作に置いておいたアルバムを取り、祐巳さんは再びうつ伏せに寝そべった。
 祐巳さんはもう一度、確認するようにコチラを見る。うん、と頷く蔦子を見る祐巳さんの表情は、いわく形容しがたいものだ。つとめて平静を装おうとするのはここ最近の彼女によく見かける態度だが、顔に出やすいか出にくいかというのは別問題だ。

 祐巳さんは淡々とした手つきでアルバムを開く。固唾を飲むような瞬間は、祐巳さんのほころぶ笑顔で解けた。
「あは! なにこれ!」
「なかなか良く撮れてるでしょ」
 青いアルバムの1ページ目に収めていた数枚の写真のうちの一枚。それは制服姿の祐巳さんが缶ジュース──正確には缶入り汁粉に口をつけている写真だった。
 たった今気付いた、という風にこちらを見る写真の中の祐巳さんの表情。その手には何故か缶入りのお汁粉。
 祐巳さんの写真は随分な枚数を撮らせてもらったが、中でもその写真は蔦子自身よく撮れたと内心で自賛している一枚だ。

 他にも青いアルバムに収めているのは、いわゆるオフショット──なんでもない休み時間や放課後に、リリアンの生徒たちが気ままに振舞っているひとコマを写した写真ばかりである。
「こんなのいつ撮られたのか全然分からないよ」
「分かったら構えちゃうでしょ」
「うん。でもどの写真もよく撮れてるね。こっちの写真も発表してみるのもいいんじゃない? さっきの赤いアルバムの方もいい写真ばかりだったけど、こっちはこっちで凄くいいよ」
 それは蔦子も考えたことがないわけじゃない。
 けれど、そもそもの大前提として、予告なしでシャッターを切られることに嫌悪感を示す人も少なくない。こうして写真に撮っている以上、そういった人たちをないがしろにしていることになる。だから、こういった写真は発表しないと徹底することで、周りの人間には納得してもらっている──いや、してもらっていると思う。蔦子が本人に内緒でシャッターを切りまくっていることなど、リリアンで知らぬ人間などいないのだから。
 なら祐巳さんに写真を見せるのはどうなのか、というのはあるが、一年生の頃から彼女には様々な写真を見てもらっている。いわゆる彼女は蔦子の撮った写真の品評係なのだ、と。蔦子は自分の中ではそう説明付けている。
 あれはああで、これはこう。そのように予め割り切っておかないと、チャンスにシャッターを切ることなんて出来やしないのだ。

 祐巳さんは楽しそうに青いアルバムのページをめくっている。蔦子としては、そんな祐巳さんに聞いてみたいことがあった。
「……他にもまだ整理してない写真とかあるけど、見る?」
「うーん、どうしようかな」
 悩んだ末に祐巳さんは、今日はもうあまり時間ないから、また今度遊びに来たときに見せて、というところで落ち着けた。次があるのか、いつあるのかは、それは当事者たちにも分からないことだが。
 ほっとしたような残念なような──いや、安堵のほうが強いか。
 祐巳さんが青いアルバムを最後のページまで堪能しつくす時には、夕飯の準備の音が聞こえてくる頃になっていた。


  ◇


 ──毎日毎日カメラを片手にうろうろしていると、何の関係もない赤の他人が見てはいけない場面に遭遇することも少なくない。
 それは嘘じゃない。
 ただ、未整理のまま箱の中に仕舞ってあるだけだ。
 祐巳さんに見てもいいと促した未整理の写真の中には、もちろんそんな写真も含まれている。たまたま時間の問題で祐巳さんは見ないことを選んだが、蔦子としては見てもらうこともいとわなかった。でなければ勧めたりはしない。
 未整理は未整理。放置しているわけではなく、ときおり箱から出して無作為にそれらの写真を眺めたりすることはある。
 そんなことに自室でのゆったりとした時間を費やしていると、心の中の空白が埋まっていくのを蔦子は実感する。それは部屋の中で聞く雨の音みたいなものだ。方向性もなく、強制力もない。疲れるほど重くはなく、むなしいほどに軽いわけでもない。
 写真の中の人物たちはもちろん様々な方向性を持っており、ただその一枚の中だけでも沢山のものが読み取れる。喜びや悲しみ、怒りや憎しみといった人間の気持ちだ。
 しかしそれは、蔦子にとって関係のないことだ。写真の向こうとこちらは整然と隔てられている。写真の中に見える方向性は、蔦子のところまで届かないのだ。だから心地がよい。届いてしまえばただ疲れるだけだろう。

 ……それが健全なことだとは思わない。しないで済めばしないに越したことはない。しかし、味わうことに慣れた心地よさは手放しがたい。
 そんなことをする人間では断じてないが、一番良いのは祐巳さんに未整理の写真を全部破いてもらうことだった。ネガは残るが、いちいち手間をかけて再度に現像しようと思うほど執着があるわけではない。
 また破かないにしろ、こんなことは良くないと忠告を貰うことくらいは出来たかも知れない。それはそれで自分の身勝手さを戒めてくれるだろう。
 祐巳さんに勧めたのには、そんな狙いもあった。
 何から何まで、呆れるほどに消極的。だから今でも未整理の写真は蔦子の部屋に隠されて誰の目にも触れることはない。

「……送ってくれてありがとう。今度は道を覚えたから一人で遊びに来れるよ」
「いつでも、気が向いたらどうぞ」
「うん。じゃあね」
 蔦子の自宅から駅までの道のりに若干の不安が残るという祐巳さんを送って、一緒に駅までやってきた。いくぶん弱まった雨足の中、傘を差してのんびりとした駅までの道のりだった。
 ばいばい、と手を振り祐巳さんは改札を抜けて行く。彼女の背中が見えなくなったところで、蔦子はもと来た道を引き返す。
 当たり前の話だが、未整理の写真を見る見ないに関わらず、祐巳さんはこの駅の改札を抜けて帰っていく。違いがあるとすれば、この駅までの道のりが一人なのか二人なのか、というのはあったかも知れない。


 ──ちなみに、一年前の雨の日。傘も差さずに濡れ鼠で走っていく祐巳さんの姿を目撃したのは確かだが、写真には写していない。雨の日に片手でカメラを持ち、加減なしに走り抜けていく人物をはっきりと撮れるほどの腕前は持ち合わせていない。
 あのとき蔦子がしたことは、走り抜けていく祐巳さんの背を見送っただけだ。
 それが残念がるべきことなのか、それとも安堵すべきことなのか。それは今でも蔦子には分からないが。


 了




 ※2010年5月2日 掲載






▲マリア様がみてる