■なくした日記の行き先は


 薔薇の館には三人の同学年らしい少女達が居た。
 二つに分けた髪房が特徴的な少女と、長い三つ編みの少女。そして、ふわふわとした綿毛のような髪をした少女の三人だ。言うまでも無く、福沢祐巳、島津由乃、そして藤堂志摩子の山百合会の二年生三人である。
 会議室のテーブルを囲み、三人は顔を突き合わせている。三人とも一様に、心持か真剣な表情だ。何か深刻極まりない事件でも起きたのだろうか……。


「祐巳さん、さっきから溜め息ばかり。一体どうしたの?」
「うー」
 島津由乃は、先ほどから会話に率先して参加しない友人、福沢祐巳に疑問をぶつけてみた。対して祐巳の反応は、相変わらず溜め息とうめきの中間のようなものだった。
「何か悩み事? 私でよければ相談に乗るけど」
「……ちょっと志摩子さん。こういうときは、『私たちでよければ』、って言うのが筋でしょう。何一人だけいいカッコしようとしてるのよ」
 由乃の突っ込みに、しかし藤堂志摩子は少しも悪びれた風もなく答える。
「いい格好だなんてそんな。邪な下心なんてある筈が無いわ」
「また貴女はそうやって正論を……まあいいわ。今重要なのは祐巳さんの悩み事よ」
「ええ、そうね」
 二人に水を向けられて、祐巳は躊躇いつつもぽつぽつと事情を話し始めた。


 福沢祐巳が日記をつけようと思い立ったのが、一昨日のことだ。
 思い立ったが吉日で、祐巳は近場の文房具屋に分厚いノートを買うべく向かった。その後急ぎ家路につき、祐巳は早速その日の分の日記をつけたのだった。
 その夜、祐巳は翌日の時間割を見つつ教科書やらなにやらの準備をしているときに、つい子供心でも発露したか、お気に入りの日記帳もこっそりと鞄の中に忍ばせたのだ。

 翌日、放課後の薔薇の館。一番乗りだった祐巳は、昨日買ったばかりで未だ一日分しか付けられていない日記帳を、一人ぼんやりと眺めていたという。その後直ぐに、他のメンバー達がやって来て──。


「……そこからの記憶が曖昧、と。ふむ。みんな一斉に来たから、あの時は確かにゴタゴタしてたわね。みんなが来たから鞄の中に仕舞ったとか?」
 ひとしきり話を聞き終えた後に、由乃は腕組みをして言った。
「鞄はひっくり返して探してみたよ。でも全然見つからない。鞄に入れたんだったら、鞄の中か、それとも私の部屋か、どちらかにあると思うの」
 それを受けて今度は志摩子が祐巳に聞く。
「でも、その日記帳は、どこにも無かった?」
 うん、と祐巳は悲しげに頷く。
 その後十数秒、誰もが無言だった。祐巳は折角の新品の日記帳を無くしたことを悔やみ、そして彼女の友人二人は果たして。

「日記帳を鞄に入れて持ってきた、というのは確かなのね。一応の確認だけど」
「うん」
「てことは、少なくとも日記帳はこの会議室から出てはいない。この部屋のどこかに隠れているというわけね」
 再び祐巳は頷く。
「昨日は割とドタバタしてたのよね……。ちょっとした書類関係の整理もしたし」
 頬に手を当てて、志摩子は思い出すように言った。
「志摩子さん、何か思い当たる節でも?」
「……ごめんなさい由乃さん。今のところ特に」
「ふむ。それじゃあ」

 それじゃあ、少し情報を整理してみましょう、と由乃は言って、鞄からルーズリーフを一枚取り出した。


 『福沢祐巳、日記帳を無くす事件』

・昨日会議室に来たとき、祐巳は一人だった
・その後皆が来たために、日記帳をどうにかした(この辺りが不明)
・昨日はちょっとした書類関係の整理をした
・その後普通に仕事をした


「一応確定事項はこれ位かしら?」
 さらさらとルーズリーフに書き込んだ由乃は、二人に聞いた。
「……ローセンスな事件名以外は、いいのではないかしら」
 微妙な面持ちのままに志摩子。由乃はそんな志摩子をじろりと一睨みする。
「ま、まあまあ二人とも」
 あわてて場を取り繕うとする祐巳。何故一応の被害者である自分が仲裁役になっているのかと、祐巳は一瞬、ある種の不条理さを感じざるを得なかった。
「確かに書類関係の整理はしたけど、まさか日記帳をいらない書類と一緒に処分してしまうとは思えないわ。たとえどれだけ気が急いていても」
「そうね……。その可能性は排除しても構わないかな。ということは、この会議室のどこかにあるというのは確定ね」
「書類の整理をした後は、ほんとにいつもの仕事だったわ。特別な事は何もなかった、と思うの」
「うーむ」
「うーん……」
 しきりに知恵を絞りあう志摩子と由乃。
 祐巳はというと、そんな二人の真摯な態度に感銘を受けながらも、しかしもう諦めてしまおうかという正直な思いも抱え込んでいた。
 日記帳は決して高い買い物ではないし、ぶっちゃけた話また買い直せばいいだけなのである。日記を書こう、と思い立った気持ちが消え失せてしまわないうちに買い直して、また書けばいいかな、と祐巳は頭を悩ます二人を見ながら、ぼんやりと考えていた。

 対して志摩子と由乃の二人はというと──。

 日記帳……なくした日記帳……会議室のどこかにある……書類の整理……いつもの仕事……書類……資料……整理……整理……日記帳……。

 そんな感じで、ひたすらに考え込んでいた。

「……」
 軽々しく、”諦めた”、などとは言える状況ではなくなってしまった事を祐巳はようやく実感した。既に祐巳の意識は買い直す方を向いていて、どこに日記帳が潜んでいるのやら皆目見当がついていない。
「ご、ごめんね。私ちょっとお手洗い」
 薔薇の館にはトイレという施設が存在しない。体のいい理由をでっちあげて、祐巳は一時退散しようと試みた。当事者でもない二人が真剣に悩んでくれているのに、本人が不真面目であるという状況が心苦しかったからだ。
 いってらっしゃい、とほぼ同時に志摩子と由乃はつぶやいて、また思考に埋没する。

 やがて祐巳が扉の向こうに姿を消すのを待って、ぽつりと由乃はつぶやいた。
「何真面目に考え込んでるのよ。祐巳さん逆に引いちゃったじゃない」
「由乃さんこそ。一体何をたくらんでいるの」
 そして黙り込む二人。

 どうして祐巳が無くした日記帳に、二人はここまで執着しているのだろうか。
 要は、”日記帳を探す”、という行為の先に在る物を二人は目指しているのだ。重要なのはそう、日記帳の中身。祐巳が記念すべき第一日目につけた日記の内容なのである。
 帳面につける日記というのは、いわゆるウェブサイトによくあるような、”人に読まれることを前提とした日記”とは全く趣が異なるものである。だからこそ日記帳というものは完全にプライベートなそれであり、尚且つその一日目につける日記というものは、本人にとってもある種の記念、特別なものだ。
 そういった”特別なもの”には、本人にとって特別な人物が登場する筈である。

 もし祐巳の日記の第一日目に、自分の名前が出てきたのならば……。

 そんな淡い期待を、二人は抱いていたのである。
 祐巳の友人、いや、親友と言っても差し支えは無いだろう二人が、第一日目の日記に登場する可能性──決して高くは無いが、かといって無視できるほど低いものでもない。
 もし出てきたのならば。
 出てきたのならば。
 それはきっと、ウルトラハッピーだ。
 向こう一週間は幸せいっぱい夢いっぱいに学園生活を送れることだろう。
 そんな淡い期待、人によっては邪な思いと取れなくもないものを抱きつつ、志摩子と由乃は祐巳の日記帳の行方に思い馳せていたのである。

「……ねえ、アタリはつけてあるの?」
 由乃がひそやかに問う。
「大体、ね。自信はないわけじゃないわ」
 対して志摩子も、ひそやかに答える。
「ふうん。私も、大体アタリはつけてある。自信ある、うん」
 言うまでもなく周囲には誰も居ないが、そこはそれ、気分の問題である。
「それじゃ、いっせーのせ、でスタート?」
「そうね。早くしよう。祐巳さんが帰ってきてからじゃ白けちゃうものね」
「じゃあ、行くわよ」
「ええ。いっせーのー……」

 せ、で二人は同時に飛び出した。




 解答編?


 脱兎の如く二人が飛び出しそして辿り着いた先は、年度ごとの資料や書類などが整然と並べられている、大きな本棚の前だった。
 二人とも自信満々で本棚の前まで急いだのだが、お互いに目的地が同じだと知ると、急に渋い顔を浮かべた。
 自分だけが真実に辿り着いたと思っていたのに……その思い込みがあっさりと打ち砕かれたわけだから、お互いに面白くないといえば面白くない状況であった。

「なかなかやるわね」
「貴女もね」

 お互いにけん制し合う二人。
 つまり二人が辿り着いた真実とは、こういうものであった。
 会議室で一人自分の日記を眺めていた祐巳は、皆が来た事を知り、慌てて日記帳を隠そうと思った。
 だが、間に合わなかった。
 日記帳のほかにもテーブルの上には、祐巳の教科書やノートなども置かれていたために、それらの中に日記帳を紛れ込ませることで、祐巳は急場をしのごうと考えついたわけである。
 その後、綺麗好きで完ぺき主義の小笠原祥子が、資料などの収められている本棚があまり整頓されない事を見咎めて、書類関係の整理をしましょうと言い出した。
 ドタバタと皆でそれをこなし、いらない書類などは綺麗サッパリ処分されて、必要なものはまた本棚に戻されて、その後は通常どおりの山百合会の業務が行われる事となった。
 
 このあたりで、祐巳の意識からは日記帳のことは追い出されていた。祐巳はマルチタスクに何でも同時進行でこなせる人間ではないから、それは無理もない事である。
 この段階で、すでに日記帳は祐巳の手を離れていた。一度テーブルの上に広げられより分けられて、そしてまたあるべき場所に戻された書類資料の類い。それらと一緒に、祐巳の日記帳も本棚の中に収納されてしまったのであった。


 ここまで至っては競い合う事に意味など無いと判断した二人。由乃は本棚を上から、志摩子は下から。それぞれ端から順番に調べていく。無論本人たちは気付いていないが、傍目に相当怪しい光景であった。
 そんなこんなで調べる事約一分。

「あった……」

 二人、同時に感嘆の声を漏らす。
 果たして日記帳は、本棚の丁度真ん中あたりに、他の資料やノートなどと一緒に、整然と並べられていた。何かに憑かれたような表情を浮かべ、志摩子がその日記帳をゆっくりと取り出した。
 暫く二人は、その日記帳をまるで宝物のように眺めていたが、やがて志摩子が意を決したようにそれを開こうとする。しかし。

「ね、ねえ志摩子さん」
「な、なにかしら」
 二人の声は微妙に上ずっていた。
「ほんとに見ちゃうの? ほんとのほんとに、祐巳さんの日記見ちゃうの?」
「そんな……由乃さんだって」
 ここ一番というところで柄にも無く弱気になる由乃に、志摩子は戸惑いを隠せない。
「そりゃ興味シンシンだけどさ、だって、その」
「その?」
 口篭もる由乃を、志摩子は促す。すると。
「……その、彼氏のこととか書いてあったら、どうするつもりよ。その、今日も彼は私の事を愛してくれて、そんな彼に私も答えてあげたくて、とか、恥ずかしい愛のポエムが綴ってあったら、私平静でいられる自信がないわ」
「……」
「……」
「……」
「……」
 仲良く黙り込む二人。やがて。


「そんな事、あるはずが無いわ!!!」


 顔を真っ赤にしながら、志摩子が絶叫した。
「な、なに怒ってるのよぅ。あるはずがないってのは幾ら何でも祐巳さんに失礼ってものが……ってコラぁ、勝手に見るな! このっ、私にも見せろっ!」
「由乃さんは見るのが恐いんでしょっ。だったら私が代表して、拝読して差し上げるわっ」
「何が拝読よっ。要は独り占めしたいだけでしょ!相変わらず欲深いことでっ」
「あなたにだけは言われたくないわっ」
 そんな感じで醜い小競り合いを繰り広げる二人だったが、いよいよ件の日記帳を引っ張り合うほどの段階になって二人は、ふと我に帰る。

 ──こんな場面を祐巳さんに見つかったら。

 予感が恐怖となり襲い掛かる。忌避すべき最悪の結末がリアリティを伴い、二人の胸のうちに絡みつく。
 ”ひどい……二人とも、ひどい。もう……もう絶交だよっ!”
 自分の日記帳を奪い合い醜く争う二人を、祐巳が見限ったとしても、言い訳の一つも出来やしない。
 祐巳を失う。
 それだけは、絶対にあってはならないことであった。

「……うん。だからね、二人で仲良く、静かに読もうね」
「そうね、そうだわ、そうしましょう」

 結局読むのかよ、という突っ込みが飛んできそうな状況で、しかし彼女達はどこまでもしたたかだった。
 やがて二人は、どちらからともなく日記帳の表紙をめくる。
 記念すべき第一日目に綴られている内容は、果たして──。





 /// 10月2日 晴れ ///

 今日から日記をつけることにする。
 高校二年生にもなって今更という気持ちもあるけれど、これまでの一年間、山百合会という生徒会活動に携わってきて、思ったことや考えた事がたくさんある。
 色々とがむしゃらだったから、楽しかったとか、嬉しかったとか、あるいは悲しかったとか、そういう風に漠然としか覚えていないのだけれど。
 来年は生徒会長という役職を担う事になる。だから、ただ漠然と過ごしているだけじゃあんまり良くないかな、ってここ最近よく考えるようになった。
 ただ漠然と、流されるままに生きていては駄目だと思ったから、少なくとも何かの足しになればと思い、こうして日記をつけることを思い立った。
 
 きっと山百合会の一員としての自分でなければ、こんな事は考えなかったかもしれない。だとすれば、今の私はやっぱり、あの人無しにはあり得なかったんだろうなと実感する。

 私のお姉さまにして、当代の紅薔薇さまである、小笠原祥子さま。
 きっとあの人との出会いが、私にとっては始まりだったのだと思う。一方通行の憧れだった人と突然に近しくなった事は、私にとっては嬉しさよりもむしろ戸惑いの方が多かったのだけれど。
 怒られたり悲しまれたり、呆れさせてしまう事は多かった。逆に怒ったり、理不尽を感じたり、悲しんだりすることもまた、決して少なくは無かった。
 祥子さまが手の届かない憧れの存在だったころは、私にとって祥子さまは自由だった。けれど姉妹として距離を近しくして、姉と妹、人と人として触れ合えば、やっぱりそこには当たり前の齟齬のようなものがあるのだ。
 好き、だけじゃだめ。それでは気持ちは届いても、きっと通じない。お互い理解すべく努力することがなにより大切なのだと、あの雨の多い時期に知った。
 こんなにも胸を高鳴らせたり、時には落ち込ませたりさせられる存在というのは、もしかしたら人生において、祥子さまが最初で最後の人なのかもしれない、とも思う。

 だから、もっとしっかりしなくちゃ、と思う。
 あの人の妹として。そして、あの人の妹であった私が、いずれ迎え入れるであろう妹にとっての姉として。




 ひとしきり日記を読み終えた志摩子と由乃は、しばらくの間無言だった。
 予想外に真面目な日記だった、ということそのものにも驚かされたが、なにより自分達が、その日記を巡ってくだらないやり取りに終始してしまったことが、今更ながらに恥ずかしくなったからである。

 何だか気まずい沈黙を破ったのは、由乃の方だった。
「も、もう志摩子さんったら。一体何を期待してたんだか。祐巳さんが一番初めに書くことなんて、祥子さまのことに決まってるじゃない! ほんとにもうっ」
 対して志摩子も、狼狽を隠し冗談めかして言う。
「よ、由乃さんだって同じでしょう。自分の名前が出てこないかって、目を爛々と輝かせて読んでたのに」
「なによう、志摩子さんだって」
「由乃さんこそ……って」
 何か言いかけた志摩子が言葉を切る。誰かが階段を上ってくる足音が聴こえてきたからだった。
 慌てて場を取り繕うとするも、何をどう繕えばいいのやら判断に窮する二人。結局右往左往することしか出来なくて。ああそうか、日記をみつけたよ、ってこれを差し出せばいいんだと思い当たった丁度そのときに、祐巳が会議室へと入ってきた。
「お、おかえり祐巳さん」
「早かったのね……いえ、遅かったわね……いえいえ、そう、ちょうどよかったわね、ええ」
 明らかに挙動のおかしい二人を、祐巳は不審に思い、じー、と見つめる。そのとき祐巳は、二人が携えているノートを見つけた。
「あ!そ、それ私の日記帳! どこにあったの!?」
 かくかくしかじか、と二人は祐巳に説明する。それを受けて祐巳はなるほど納得と。そして、見つけ出してくれた二人に精一杯のありがとうを伝えたのだが。

「……ところで二人とも?」
 覗きこむようにして祐巳が言う。後ろめたい事がありすぎる志摩子と由乃は、まともに祐巳の視線を受けることも出来ずに、明らかに狼狽した。
「もしかして、日記読んだ?」
 祐巳のその物言いは、若干イタズラっぽいそれであった。人の日記を読みたくなる心理は、誰にでもあるものだから。
「い、いいえ全然」
「そんなことしない……わよ?」
「ふーん。うん、ま、いっか。ありがとね二人とも。ていうか学校に日記帳持ってくる私がおばかさんだったんだよね。これからは気をつけるよ」
 意外にもあっさりと引き下がってくれた祐巳。志摩子と由乃は、ほっと胸を撫で下ろす。
「そろっとお姉さまたち来ると思うよ。お茶の準備しよ?」

 そんなこんなで、とりあえずこの場は事なきを得たのである。


  *  *  *


「……ふふっ。意外に子供っぽいところもあるんだな、あの二人」
 その日の夜、祐巳は自室の机の前で、一人思い出し笑いなぞ浮かべていた。
 本人達は否定していたが、あの態度で傍目には丸わかりである。きっとあの二人は日記読んだんだろうなあ、という確信を祐巳は得ていた。
「人の日記を読みたくなる気持ちは判るけど……うーん、あそこまで執着するものかなあ?」
 それはきっと、祐巳本人には知りえない、友人達の微妙な心理である。
 自分の名前が登場してくれたら嬉しい、と彼女達が期待していたなどとは、きっと祐巳には想像もつかなかったのだろう。

 机の上には一冊のノート。志摩子と由乃が探し出した件の日記帳が、2ページ目が開かれたままに置かれている。
「さて、今日は何を書こうかな……」

 日記とは、その日に起きた事と、それに対して思ったことを徒然に書き綴るものである。
 だとしたら、彼女が書くことなど既に決まっている。




 /// 10月4日 雨のち晴れ ///

 いきなり日記が一日開いてしまったのには、ちょっとした理由がある。
 ちょっとした手違いで、日記帳を無くしてしまったからだ。
 今こうして日記を書いているということは、無事日記帳は私の手元に戻ってきたということなのだけれど、私一人の力では、永遠に戻ってこなかったかもしれない。

 お友達の二人──藤堂志摩子さんと島津由乃さんが、頑張って探し出してくれた。なかば諦めていた本人よりも、頑張って探してくれた。
 何だか裏がありそうな気がしないでもなかったけど、よくわからなかった。大事な事ならきっと教えてくれるはずだから、あの二人が隠すなら、それは知らない方がいいことなのかもしれない。
 おとといの日記を(多分)読まれたのはちょっと恥ずかしかったけど、別に隠すことでもないからいいかな、とも思える。
 ともあれ、ほんとにどうもありがとう、って気持ちだった。

 そういえば私は、あの二人に何度、『ありがとう』、と言っただろうか。
 多分、数え切れない。
 言った数も。そして、言われた数も。
 もう一年以上の付き合いだから当たり前かもしれないけれど、とにかく回数としては、”たくさん”としか言いようがない。
 当たり前のように使う、『ありがとう』、という言葉は、友達同士という関係の中では、ほんと日常的な言葉で。当たり前だからこそ、その気持ちは忘れちゃいけないと思う。

 いつもありがとう。これからも宜しくね、っていう気持ちを。


 了






▲マリア様がみてる