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■親友 チャオ ソレッラ! 閑話シリーズその4



 ──時は暫く遡る。

「……それでは、修学旅行の部屋割りについてですが」
 二年松組の教室では、LHRが行われていた。
 どこか浮かれた雰囲気のなかで、とある三つ編みの少女、だけが俯いてじっと何かを考え込んでいるようであった。
 修学旅行を一週間後に控えたリリアン女学園の二年生たち。
 旅行自体も、勿論心が浮き足立つ要因の一つではあるが、ある意味旅行よりももっと重要なのが、二人一組になる旅行先のホテルでの部屋割りなのである。
 当然皆が皆、仲の良い人間と組みたいと考えているわけだし。けれど二人一組と決まっているから、個人の思う通りには行かないこともままある。
 特に高校生までにありがちな仲間外れなどは、ことリリアン女学園に至っては皆無に等しいが、やはり気心の知れた親友と組みたいというのは人の心。

「──皆さん、お静かに。ではまずくじ引きか、席順か、それとも個々で話し合って自由に決めるか、と、他にも意見があれば申し出てください」
「はい」

 と、手を上げたのはさっきから俯きがちだった島津由乃だ。
 二人一組、いわゆるルームメイトの選別方法をクラス委員が募ったところ、すっくと立ち上がって、多少の驚きをクラス委員の少女に与えたのが、この由乃だった。
 彼女は、一片の迷いも無い表情をもってこう言った。

「私は、福沢祐巳さんと一緒の部屋がいいです」
「へ?」
「聞こえませんでしたか。ではもう一度。私、島津由乃は、福沢祐巳との同室を望みます。ですから、そのように便宜を図ってください」
「ちょ、ちょっと待ってよ」

 思わず地が出るクラス委員。それは周りの人間も同じだったらしく、彼女の近くにいる人間は小声でたしなめたり、遠くでは彼女を揶揄する声がクラス内に充満する。
 
 そんな中で一人、目をしばたかせているのが当の本人、福沢祐巳だ。
 祐巳が由乃と親友だというのは周知の事実であり、由乃があえて祐巳の名を出したのには誰も疑問を抱かなかったのだが、なにより由乃の行動は突飛過ぎた。
 当の祐巳でさえ、どう受け止めてよいのか図りかねているような顔を浮かべている。

「あ、あのね由乃さん。今は、『ペア決めの方法』を論じているのであって、あなたが誰とペアを組みたいのかと尋ねているわけではないわ」
「失礼ね。それぐらい分かっています。私が祐巳さんと組みたいと主張しているということはつまり、ペア決めは、各々好きな人と組むのがいいのではないかしら? と、意見しているということ。つまり最初から、それが言いたかったの」
「……わかりました。では、他の方、意見があれば」

 クラス委員は意見を募ったが、由乃の奇行に肝を冷やしたままだった生徒たちからはそれ以上意見が出されることはなく、結局由乃の意見、『各々好きな人と』ということになった。
 「それではみなさん、自由にパートナーを選んでください」というクラス委員の声と同時に、生徒たちはクラス中に三々五々散った。
 クラス中が喧騒に包まれる直前に、由乃は祐巳をちらりと見た。
 目が合った祐巳は赤くなってもじもじとしだしたが、由乃の方は実にそっけないものだった。
 由乃は祐巳を一瞥すると、再び視線を前に戻した。後は、その視線が祐巳の方を向くことは一度としてなかった。
 祐巳は由乃の行為を図りかねて、少なくない時間不安に苛まれた。
 対して由乃は、誰にも真意を悟られまいとするように、ただ表情を硬くして俯くばかりだった。
 取り残される二人。
 そんな由乃を見つめる祐巳の硬直を解いたのは、同じく二年松組、武嶋蔦子であった。その隣には同じく松組、山口真美の姿も在る。

「祐巳さん」
「蔦子さんか……真美さんも。どうしたの二人とも。こんな所にシャッターチャンスや特ダネなんて転がってないよ」
「冗談言ってる場合でもないし、単刀直入に聞くわ。これは一体どういうこと。新聞部編集長ではなく、あなたがた二人の友人の一人として聞きたいわ」
「し、知らない。私だって知りたいくらいだよ」

 三人の話す声は近くにいる由乃に聞こえていない筈は無かったが、由乃の表情は変わらない。彼女の真意が見えないことに、三人は首を傾げるばかりだった。
 そんな中で、蔦子が不安を吹き飛ばすような明るい声で言った。

「ま、気にすること無いんじゃない? この場合、『島津由乃は福沢祐巳を選んだ』、ということが重要だと思うわよ」
「それってどういう意味?」
「つまり、由乃さんはあなたを選んだ。どんな理由があるかは知らないけど、彼女はあなたを選んだの。例えば私や真美さんでは駄目で、祐巳さんでなければならなかったの。そう考えれば、どう?」
「どう……って、う、嬉しい、かな」
「そう。だから祐巳さんは不安がる必要なんてない。由乃さんの抱える理由が判明した時に、ただ彼女を受け入れてあげればいいだけなのよ」
「うう……蔦子さん、相変わらず口が巧すぎる。そんなこと言われたら、気分良くなるに決まってるじゃない……」

 再び頬を赤くする祐巳を見て、蔦子と真美も表情を柔らかくする。
 ただ一人、少し離れたところでじっと俯く少女を除いて。



──そうして今、島津由乃はベッドの上に。対して福沢祐巳は、そんな由乃を心配そうに見つめていた。

「……だからどうしても祐巳さんをルームメイトに、って決めてたの。ホームルームの時、「祐巳さんで」って強く言ったでしょう。みんなが引くほどにね」
「そうだったっけ」
 
 修学旅行の初日、ローマのホテルで由乃は高熱に倒れた。
 昔からそうだった、こういう出先では必ずといっていいほど熱を出して床に伏せる、と。手術後は殆どそういうことはなくなった。けれどもしかしてということもある。
 だから由乃は、祐巳をパートナーに選んだ。
 心が許せる相手というのは勿論あるが、仮に由乃が熱を出した時に、『絶対に話せば判ってくれると信じられる』相手として。
 心臓を患っていたという由乃が高熱に倒れれば、普通は然るべき相手に報告するだろう。同行の教師たちに。そして医者に。事実祐巳も初めはそうしようとした。
 それを由乃が繋ぎ留めた。
 由乃自身が考えていること、思ってること。本音を全部ぶちまけて。

「由乃さん、がんばって。絶対熱なんかに負けないで」
「ありがとう、祐巳さん……」

 祐巳は、由乃の目じりに、今にも零れ落ちそうになっていた涙をタオルでそっと拭った。
 他人に涙を見られるなんて事は、プライドの高い由乃にとっては受け入れがたい事。だが、親友である祐巳。自身にとって大切な人である祐巳ならば、と、同室になることを望んだのだ。
 ぬるくなったタオルを水に浸し、固く絞ってそれを祐巳は、汗ばんだ由乃の額にのせる。いまだ吐き出される息は苦しそうなままだ。「出来ることなら、代わってあげたい」という、親が病に伏した子を思う気持ちが、祐巳には理解できた。
 少しでも親友に楽になってもらいたい。少しでも、少しでも。
 だが拳を硬く握り締めてベッドの脇にひざまずいている祐巳には何の力もなく、どれほど願っても、どれほど祈っても、祐巳は魅力感に苛まれるばかりだった。

「由乃さん……」
「馬鹿ね祐巳さん、あなたが泣く必要なんてないのに……。お願いだから、笑ってよ。祐巳さんの笑顔には、魔法が備わってるの。祐巳さんの笑顔を見ると、元気が出るんだから。ずっと近くにいた私が言うんだから、絶対、間違いないよ……」
「由乃さん……よしのさん……」

 泣き顔で無理矢理笑みを作った祐巳の表情は、泣いてるんだか笑ってるんだか怒ってるんだかよく判らないものになり、それを見た由乃の心は締め付けられた。
 涙で震えそうになる声を抑えようとして、けれど抑えきれずにそれはあふれてしまう。

「もっと……もっと近くに来て祐巳。私に触れて。私の一番近くまできて……」
 
 祐巳にしても限界だった。苦しむ親友に対してなにもしてやれないもどかしさが祐巳をつき動かした。由乃の折れそうなほど細い体を抱きしめて、そのまま由乃のいるベッドの中に入り込む。
 親友が自分を欲しているなら、全てを捧げよう。全てを差し出そう。
 親友を苦しめる熱を全部吸い取ってしまいたい。その華奢な体にまとわりつくしがらみを、全て拭い去ってしまいたいと。
 親友の傍にいたい。誰よりも近くにいたい。ずっと昔から彼女の事を守ってきたあの人よりもずっとずっと近付いてくっついて離れたくないと、祐巳は思った。


 熱に浮かされた心で由乃は思った。
 あの時、「祐巳さんと同室で」と望んだ時のことを。
 実際あんな暴挙は由乃にとっても規格外だった。らしくもなく散々悩んで思いつめた。思いついたら即実行を地で行く彼女にとっては稀に見る長い長い逡巡だった。
 だけど由乃は今、親友の身体の感触を受けて、心の底からこうしてよかったと思っていた。
 由乃にとって、祐巳以外の誰でも駄目だった。

(だってほら、こうしていると、身体が楽になる。気持ちが、晴れやかになる)

 触れた先からまがまがしい熱が逃げていき、かわりに陽だまりのような心地良さを由乃は感じていた。
 満たされる。
 日本から遠く離れたこんな場所でも、かけがえのない暖かな心を享受できることを、由乃は心の底からマリア様に感謝した。



 朝。
 自分ではないもう一人の感触の消え失せたベッドの中で一人、祐巳はうろたえた。
 寝覚めでふらつく体をどうにか押し留めてベッドから抜け出して、そこで祐巳は物音を聞いた。
 シャワーの音だ。
 一瞬安堵した祐巳だったが、すぐに心の中に悪い予感が頭をもたげてくる。
 聞こえてくるのはシャワーの音。
 シャワーの、音だけ。

──だから、静か過ぎやしないか?

 転がり込むように祐巳は洗面所に飛び込み、湯気を立ち上らせているシャワールームの扉を力任せに思い切り開いた。

「きゃあ!」
「由乃さんっ、大丈夫なのっ!?」

 猛烈な勢いの珍入者に、さしもの由乃も悲鳴を上げる。だがそんなことにはお構いなしに祐巳は全裸の親友に人差し指をぴっとさしてまくしたてる。

「由乃さん! 体調が悪い時にシャワーなんて浴びるのも悪いけど、なにより静か過ぎるのがいけない! あらぬ誤解をしちゃったじゃないの!!」
「ゆ、祐巳さんを起こしちゃまずいと思ったから……」
「そんなことはどうでもいいの! なにより私より先に起きるのがよくないっ! こういうときは私が起きるまではぐっすりと眠ってて、歳相応なあどけない寝顔を私に見せなきゃいけないんだよっ!」
「し、知らないわよそんなの!」
「由乃さんのばかっ」

 妙に打てば響く的なそのセリフに、由乃はただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
 が、
 由乃が立ち尽くしていられたのは、ほんの数秒間に過ぎなかった。

「きゃあ!」
「由乃さんっ、私が手伝ってあげるっ!」
「……」
「……」
「はぁ?」

 由乃は目を奪われた。
 解かれたツインテール。怒ったような表情。細い首。小さな肩。薄い胸。へそ。云々、云々。
 つまり、どうしようもなく彼女は全裸だった。
 由乃は言葉もない。

「……手伝うって、何を?」
「決まってるじゃない。由乃さんのお風呂」
「……」
「だってまた熱出されて倒れられでもしたらやだもん。昨日、一番近くまできてって言ったよね。だから、少なくとも修学旅行中は由乃さんの一番近くにいることにしたの」
「……」
「手始めにお風呂から。由乃さん、身体洗う時どこから洗うの? ちなみに私は肩だけど、由乃さんはどこ? 教えて。まずはそこから洗ってあげる」

 かいがいしく世話を焼いてくる祐巳を前に、由乃は妙に冷静だった。お互いが全裸というのも功を奏しているのかもしれないが。
 まったく彼女といると退屈しない。本当に、最高で唯一無二の生涯もののパートナーであり続けたいとは思ったが……

 まずは、言うべき事をきちんと言おうと、由乃は思った。

「出てけ。このヘンタイ親父」


 了






▲マリア様がみてる