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■受胎告知


 ──それはとある冬の日の出来事。
 きっかけは紅薔薇のつぼみ、福沢祐巳が発した何気ない一言だった。
「祐巳さん、最近お昼にいつもミカン食べてるわね」
 薔薇の館で弁当をぱくついていた、黄薔薇のつぼみの島津由乃と、白薔薇さまこと藤堂志摩子。
 三年生は三年生で進路に関する説明会が、一年生は一年生で選択科目に関する説明会がそれぞれに午後イチで開かれるために、その準備やらなにやらで姿を見せてはいない。
 何気ない話のタネにでもと由乃は、祐巳が皮を剥いていたミカンに目をやりながら、本当に何気なく話し掛けた。
「うん、時期だしね」
 ミカンを食べながら祐巳は応える。
「うちも、檀家さんから毎年沢山いただくのだけれど、結構食べきれなくて」
 志摩子も楚々とした仕草で弁当をつまみながら会話に参加する。
「それにしてもミカンって奴も、よくよく見ると本当に、人間に食べられるために生まれてきたような存在に思えるわね。皮は手で簡単に剥けて、切り分ける必要もなく小分け出来るし」
「確かに、柿とかに比べて食べやすいよね」
「少しは抵抗しろよー、とか思うわよ」
「でも結局、食べるのでしょう?」
「そりゃま、食べてくださいと言わんばかりの佇まいだからね」
 由乃は祐巳の傍、テーブルの傍らに置かれたミカンに手を伸ばす。三人とも、今更こんなことで気を遣うような仲ではないのだ。
「……うん、このミカン美味しい。あれれ、どうしてミカンの話なんてしてたのかしら」
「由乃さんが、言い出したのではなかったかしら」
「あ、そうそうそうだったわね。うん、私は確かにこう言った。『祐巳さん、最近お昼にいつもミカン食べてるわね』 って」
 何故だか楽しそうに言う由乃。今ここに居る二年生三人は、単純にヒマを持て余していた。こういうときは雑談を楽しむのが、ここでのたしなみである。
 けれど、何気ない由乃のその言葉に対する祐巳の応えは、志摩子と由乃を凍結させるに充分すぎるものであった。
「うーん、最近何でか知らないけど、酸っぱいものが美味しく感じるんだよね。ミカンなんてもう、特に」


  ◇


「……というわけよ。皆さんに集まってもらったのは他でもないわ。これは、由々しき問題なのよ判る乃梨子ちゃん!」
 昂ぶる由乃に突然名指しで呼ばれた白薔薇のつぼみ、二条乃梨子。
「……まあ、由乃さまの想像通りの結果でしたら、確かに一大事ですけど」
 けれど慌てず動じず、つとめて冷静にそれに応える。
「でもさ由乃、それ本気で言ってるのか? 祐巳ちゃんが妊娠って、そんなことあるわけないじゃない」
「万に一つもないとは言い切れないわ。そんな適当なこと言って、もし私の予想的中だったらどう責任とるのよ令ちゃんは」
「責任って由乃、それは相手のオトコが取るべきものだろ……」
 疲れたように言うのは、黄薔薇さまにして由乃の姉。支倉令である。妹の暴走に手を焼くのは、令にとっては既にライフワークに近いものがある。
「別に私、祐巳さまがご懐妊されようとご出産されようと、さして興味はございませんわ。ただ、お相手の殿方は、随分と奇特な趣味をされているなあと」
「瞳子さんの肩を持つわけでは断じてないのですが、私も概ね同意見です。けれど祐巳さまのご両親はこれから苦労なさるでしょう。それだけが気になります」
 冬になってもお助けメンバーを律儀に続けている松平瞳子と細川可南子。二人とも、祐巳に対して辛辣な言葉を吐くのは皆、慣れっこである。
 何故ならそれは、どっからどう見ても、素直になれないひねくれた親愛の証に他ならないのだから。
 紅薔薇姉妹を除く山百合会メンバー+αが勢ぞろいしている、ここ薔薇の館。一人エキサイトしている由乃を除いて、皆やる気のなさそうな表情を浮かべている。
 祐巳と、彼女の姉である小笠原祥子がいないのには理由がある。単純に由乃の根回しによるものだ。
 『今日は皆さん都合が悪いようだから、集まりはなしにしましょう。祥子さまも進路のことでお疲れでしょう? 祐巳さんにも私から伝えておきますので、今日はゆっくりと羽を伸ばされてください』
 嘘八百舌先三寸口八丁手八丁で体よく紅薔薇姉妹を遠ざけた由乃。そこまでしてこんな愚にもつかない会議モドキを決行したのかとメンバーは呆れ気味だが、がなりたてられるのが目に見えているので、誰も指摘はしない。
「瞳子ちゃんも可南子ちゃんも、そんな他人事みたいな顔してるのは勝手だけど。もしこれが事実だったら。そして祐巳さんが毎日、部屋で一人悩んでいるとしてもいいわけ?」
 由乃の言葉に対して二人は黙るしかなかった。もしもこれが本当だったら、確かに他人のフリなぞしていられる事態ではないということは明白だ。
 痛いところを突かれた助っ人である凸凹コンビ。
 強がっていても二人は一年生。先輩である由乃には、どうしても一歩及ばない。
「けれど、妊娠といっても、相手が居なければ成立しません。仮にもここは女子校なのですから、そういった事態に発展する可能性は、限りなく低いと思われるのですが」
 乃梨子の冷静すぎる意見は、先ほどから顔を赤らめて一言も言葉を発しない志摩子とは対照的だ。一体志摩子は、何を想像してるのやら。
「それは素人の意見よ、乃梨子ちゃん」
「はあ……私、素人ですか……」
 きっぱりと言う由乃に、けれど乃梨子は気を悪くした風もないような態度。というか彼女は、表に出てくる感情の量が少ないだけ。
 由乃はそんな乃梨子を尻目に、あきれるほどの饒舌さで語った。
 今更言うまでもないことだが、福沢祐巳には、同い年で年子の、福沢祐麒という弟がいる。
 福沢祐麒はお隣の花寺学院の生徒会長を勤めており、やや小柄な体躯ながら秘めたる器はなかなかのものがあり、バランスの取れた性格の持ち主である。
 誰に対しても物怖じせず、おおらかで、比較的物事を冷静に捉えることが出来る。
 ルックスに関してはそれほど目立つものは持ち合わせていないが、あえて山百合会公式見解を述べるならば、「悪くない」 となるだろうか。
「……で、祐麒君がどうかしたの」
 皆を代表して突っ込みを入れる形となった令。いかにもおざなりな響きを刃孕んだ姉に対し、妹はきっぱりはっきりと言い切る。
「彼と……祐麒君と、祐巳さん。あの姉弟はきっと、デキデキだったのよ! 越えてはならない一線を越えてしまった仲だったのよ!」
 一同、言葉もない。
 凍ってしまった時間を打ち破ったのは、乃梨子の冷静な声。
「……それは、祐巳さまのご両親は随分と心を痛められるでしょうね。もし仮に祐巳さまが祐麒君の子供を宿しているのならば、既に私たちでフォローできる範疇を大幅に越えてると思われますが」
「の、乃梨子。そんなこと、あるわけ、ないから……」
 切れ切れに言う志摩子の顔は真っ赤だ。ここへきて彼女の妄想……もとい想像はピークを迎えたらしく、吐く息も熱を帯びているようだ。誰も指摘はしないが。
「祐麒さんとも怪しいですが、柏木優さまとも祐巳さまは微妙に親しげでしたわよ」
 下らない話し合いだと思っていた瞳子だったが、話しを聞いてるうちに気分が乗ってきたらしい。夏休みに祐巳と祐麒が柏木邸に訪れたことを思い浮かべながら、瞳子は言った。
「ふむ、いいところに気づいたわね瞳子ちゃん。弟子にしてあげるわ」
「結構です」
「まあ、由乃の肩持つわけじゃないけど、その気になればカレシの一人や二人くらい作れる立場にいるんだよね、祐巳ちゃんって。祐麒君つながりで、花寺の人間とも、結構親しいみたいだし」
 令はしたり顔で言う。
「そうね……こりゃ、祐巳さん孕ませたオトコを特定するのは困難かもね。祐巳さん、ああ見えてボーイフレンド多いわ」
 降参、のポーズをする由乃。
 やれやれようやくこの不毛な寄合も終わりかと、一同ほっと安堵の色を見せる。
「とにかく、どちらにしろ祐巳さんは今、身重なわけよ。みんな、身体的負荷を強いる労働は、祐巳さんには厳禁よ。各自、彼女への気遣いと配慮を怠らないこと。以上、解散!」


 ◇


「……なあ、祐巳」
 今日も今日とて学園祭の準備で大忙し。まだまだこれからだってのに、あれよあれよとトラブルが押し寄せてきてもう、てんてこまいだ。
 そんなこんなでリリアンから帰宅した祐巳は、夕飯までのひととき、自室でのだらだらを決め込んでいたのだが、突如来訪した弟によりそれは打ち破られた。
「なに?」
 知らず、言葉尻もやや不機嫌なものになってしまう。
「いや、疲れてるとこすまないな。ちょっとさ、気になることがあったもんで」
 あれれ、今日に限って生意気盛りの弟は、いつになく低姿勢である。何か相談事だろうかと、祐巳は居住まいを直した。真面目な態度には、真面目さをもって返さねばならない。
「あのさ、今日俺たち、祐巳んとこ行ったじゃないか」
「うん、それが?」
 祐麒の言う『俺たち』とは、言うまでもなく花寺学院の面々である。学園祭で山百合会が披露する劇に、花寺の生徒会の面々も、ゲストとして参加してもらう手はずになっているからだ。
 今日から本格的に始まったリハーサルには、実際に花寺の男の子たちにも参加してもらって、執り行っているのだが。
「……俺さ、その、島津由乃さんに嫌われてるのかもしれない」
「ええっ?」
 何を言い出すんだろうこの子は。そりゃ確かに、祐巳や志摩子さんに比べて攻撃的な性格の持ち主ではあるけれど、祥子さまや可南子ちゃんじゃあるまいし、彼女は露骨に男性を嫌悪したりする人ではない。
「でもさ、妙な敵意というか害意というか……道端に落ちてるガムを見るような目で、見られてる気がしたんだよな……」
「そんなことないってば。案外、気に入られてたりしてね。取って喰われないように、気をつけてね」
「……まあ、ああいうタイプは嫌いじゃないんだけどさあ……」
 ──よもや、由乃にカップル扱いされてるとは、夢にも思わない福沢姉弟であった。


 了






▲マリア様がみてる