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■ハイパースラップスティックギャグコメディ


 1

 福沢祐巳は薔薇の館に一人きりだった。
所在無げに椅子に座り一人紅茶を啜る祐巳の耳に、遠くの空を飛ぶ鴉の鳴き声が虚しく聴こえてくる。
 皆が揃うのを今日の授業の復習などして待っていた祐巳であったが、待てど暮らせど誰の姿も見せる気配が無い。はてこれは一体どういうことだろう。

「祥子さまと令さまは進路指導で遅れるって言ってたし、でも他のみんなは何も言ってなかったのに……」

 祐巳は壁に掛けてあるカレンダーを見やり、今日の日付を確認するが、祐巳の勘違いということもなく、今日は平常どおりに山百合会の仕事を行う日である。
 別に難しく考える必要なんて、これっぽっちも無いのかもしれない。志摩子さんも由乃さんも、そして乃梨子ちゃんも、急な用事でも入ったのかもしれない。事実そういった急用で一人二人集まりに欠けるのは別段珍しい事ではない。

「でも、三人もいっぺんに……?」

 ありえない可能性ではないが、それは数字的に限りなく低そうだ。特に真面目を絵に描いたような人である志摩子さんが、何の連絡もなしに遅れるだろうか。今日に限っては同じクラスの由乃さんとも一緒に教室を出なかったから、彼女が今、どこで何をしているのか知る術は今の祐巳には無い。
 乃梨子ちゃんに関しては、これはわからない。よくよく考えると祐巳が彼女に関して知っている事というのは、余りにも少ないのだ。彼女が何をどう考え日々を過ごしているかなんて、皆目見当もつかないというのが祐巳の正直な気持ちだった。
「もしかして、実は私……」

──皆に、避けられてる、とか。

”えー、祐巳さんかあ。最近ちょっと飽きちゃったかな。彼女自身に。”
”祐巳さん……クラスが変わっちゃったから、もう祐巳さんと私に接点なんてないのよね、きっと。”
”……だって、ぶっちゃけあの人と話す事って、あんまり思いつかないですし。”

「うう……」
 一人でずっと薔薇の館に篭っていた所為だろうか、思考まで篭りきりになり、結果生まれた良くない想像に一人その身を震わせる祐巳であった。
 由乃さんは私に飽きたりしないし、志摩子さんとはクラス変わっても接点は数え切れないほど沢山あるし、乃梨子ちゃんと面と向かってお話しなきゃならないことだって、きっと沢山あるはずだ。そう、きっと。いや、多分。
 教科書を握り締め一人いきり立つ祐巳であったがやはり、一人というのは精神衛生上よろしくない。そう、一人だからいけないのだ。一人で引き篭るから思考は埋没しロクなことを考えない。外へ出よう。一歩を踏み出そう。誰も来ないならこちらから出向けばいい。世界を迎えに行けばいい。歩き出せばいい。きっと未だ見ぬ地平が私の事を待っている筈さ。ハハハ。
「よし!」
 教科書をバタンと閉じて鞄に仕舞い、祐巳はすっくと立ち上がった。うじうじしていてもしょうがない。考えるより、先ず行動しよう。考えるのは皆を見つけてからでも遅くは無いのだから。


 かくして彼女は、揺るぎ無いその一歩を踏み出した。
 もしかしたら踏み出さずに薔薇の館でのんびりと茶を啜っていた方が、或いは彼女にとっては平和的で幸せだったのかもしれないが……。



 2

 未だ放課後の喧騒に包まれている校舎内を、祐巳は意気も揚々と歩いていた。歩きなれた筈の古めかしい木製の床も、今日に限ってはまるで祐巳を待ちわびていたかのように軽快な足音を響かせてくれる。

と、そんな時、祐巳の背後からぎしぎしと床を響かせて駆け寄る人影があった。

「祐巳さまっ」
「とととっ、可南子ちゃん!? どうしたの、そんなに慌てて」

 いきなりに祐巳の腕を掴みそして、強引に階段への上り口へと連れて行く。丁度廊下からは死角となり、身を隠すことの出来る場所だった。
 祐巳の腕を握ったまま可南子──細川可南子は、ことさら深刻そうな顔を浮かべてこう言った。「追われているんです」、と。そう言って可南子はきょろきょろと注意深げに辺りを見回す。その挙動からして、どうやら冗談の類いではないのかもしれないと祐巳は思った。

「……どうやら巻いたみたいですね。やれやれ、全く困ったものです」
「その、可南子ちゃん。追われてるって、一体誰に?」

 額に浮いた汗を軽く拭う可南子に、祐巳は当然の疑問を投げかけた。ここは仮にも教育機関だ。追うの追われるのきな臭い世界ではないのだから。そう、少なくとも祐巳はこの瞬間まではそう思っていたのだが──。

「見つけましたわよ可南子さん! いや、コードD13!!」

 一階と二階の中間の踊り場、つまり祐巳たちの居る場所の半階上から、聞きなれた声が轟いた。何事かと祐巳がその方を見やると、そこには怒りの表情を露にした祐巳の後輩、松平瞳子がこちらを睨みつけていた。
「なッ、そんな……生体レーダーには何も……」
 対して可南子は驚きの表情を隠せない。よもやこうもあっさりと見るかるとは予想だにしていなかったのだろう。愕然として瞳子を見つめている。そして、傍らで祐巳は、生体レーダーって一体何だろう、とぼんやりと考えていた。

「D13、貴女の旧式の装備では私の存在は捉えられない。貴女が組織から脱走してはや一ヶ月。既に貴女の装備は──いえ、貴女自身を旧型だと形容しても差し支えないでしょう」
「……装備で勝敗は決しないわ。最後まで立っていた者が勝者なのだから」
「それが貴女だとでも?」
「少なくとも瞳子さん、あなたたちソサエティの人間ではない事は、確かね」

 可南子の驚きの表情は、あくまでも一瞬だった。ハッタリなのかそうでないのか、可南子は冷静に、しかし瞳の奥に強い意志の炎を揺らめかせながら言い切った。
明らかな敵意。明らかな対立構造。偶然にもその状況を垣間見てその間に挟まれた祐巳は、しかしさっぱり状況を飲み込めずにただ、左右の髪房を揺らしながら、可南子と瞳子を交互に見やるばかりだった。

「ハッ、可南子さん。貴女一人で、一体何が出来るというのですか? 今ならまだ間に合いますわ。ソサエティのエースと称されたほどの貴女ですから。その腕をむざむざ潰してしまうのは惜しい。今からでも」
「……エースの座はあなたに譲ると言ったはずよ。そんなものいくらでも差し上げるわ」
「ふふっ。誰がエースの座を貴女に返上すると言いましたか。可南子さん、ソサエティに戻った暁には、正式に私の部下の一人として、歓迎いたしますわ」
「……ッ!」

 例え追われる身となろうと、例え孤立無援の状況に陥ろうとも、可南子は自らのプライドを傷つけられる事を良しとしなかった。ニヒルに笑う瞳子を射抜く視線に、明らかな意志──殺意という名の冷たく研ぎ澄まされた焔火が灯った。

「瞳子ぉ!!」

 その闘争心を瞳子の挑発により沸点まで高められた可南子は、右手首辺りに仕込んだ何か──機械仕掛けのカラクリを作動させ、同時に凄まじい跳躍力で瞳子に踊りかかった。頬を凪ぐ一陣の風。可南子の傍にいた祐巳が感じたのは、ただそれだけだった。
 常人には反応すら出来ない可南子のスピードに、しかし瞳子だけは冷静だった。

「ふッ、やはり私たちは敵対する運命にあるようですわね──!!」

 対して瞳子も、可南子と同じように右手首に仕込まれているメカを操作して、いまや目前に迫った可南子を迎え撃たんとする。
 その状況に至ってようやく反応速度が二人に追いついた祐巳は、今正に激突せんとしている二人を見て仰天した。
 何故なら、二人の制服の袖口の辺りから剣のようなものが生えていたからだ。そう、生えていた。祐巳には確かにそのように見えたのだ。祐巳は真剣はおろか模造刀すら見たことは無かったが、二人の携えたそれは、どう見ても子供の玩具には見えなかった。

 よくわからないが、二人は仲を違えてしまったらしい。よくわからないが、二人は争っているらしい。よくわからないが、二人は、殺しあおうとしているらしい──。

「駄目ーーッ!!」

 祐巳の逡巡は一瞬だった。
 ソサエティのエースだの生体レーダーだの、二人の会話には祐巳の知らない単語が余りにも多かった。はっきり言って祐巳は何も理解していない。だがしかし。だが、しかし。
 可南子と瞳子が、こんな風に殺しあう世界を祐巳は認めることが出来なかった。ただそれだけが、二人を静止する絶叫となって廊下に轟いた。

 しかし、その絶叫は、誰にも届かない。

 可南子と瞳子の構えた剣がぶつかり合う。金属と金属が衝突する耳障りな音を、果たして祐巳は聞いたのか否か。煌く剣閃は鮮やかな弧を描き、その果てに激突した二つの軌跡が火花を散ら──さない。
 代わりに生まれたのは、明らかに通常の金属同士の衝突では生まれないであろう、突風にも似た波動。可南子と瞳子の携える剣は、現代科学を大幅に凌駕しているのだろうか。何か不可思議な装置でも備わっているのだろうか。敵対する相手によりダメージを蓄積させる事の出来る、何らかの装置が。

 ともあれ、その波動をまともに食らった祐巳は、強風に晒された紙くずのようにすっ飛んだ。廊下の壁まで飛ばされた祐巳は、したたかに頭をぶつけ、その意識をあっけなく刈り取られた。
昏倒した祐巳が最後に見たのは、可南子と瞳子が自分のところに慌てて駆け寄ってくる光景だった……。
 …………。
 ……。



 目覚めは唐突だった。
 ぱちりとその目を開いた祐巳は、自分が階段の踊り場の壁にもたれたまま座り込んでいたことに気付く。無意識に左腕に巻かれた時計を見やると、まだ薔薇の館を出てから30分ほどしか経過していなかった。
 廊下を通り縋る生徒たちが自分に奇異の視線を投げかけているのに慌てた祐巳は立ち上がろうとするも、その瞬間後頭部に鈍痛を感じ、小さくうめきをもらす。そして、同時に思い出す。自分がよく知る後輩たちの、あの非現実的な激突を。
 果たして、あれは一体何だったのだろうか。
 可南子と瞳子は元々険悪な関係だったようだが、もしや彼女たちの会話に端々に上っていた単語──『ソサエティ』、というものに起因するのではなかろうかと祐巳は推測する。
 当初は同じソサエティという組織に属していた二人だが、何らかの事情で可南子がソサエティから抜けた。その組織のエースであったらしい可南子を、瞳子が目の敵にして追っている。二人のあの会話から知りえるのは、それだけだった。

「ま、いっか。二人とも漫画の読みすぎか、ゲームのやりすぎだよ。ごっこ遊びなんて、二人ともまだまだ子供だなあ。ふふッ」

 放課後に繰り広げられたごっこ遊び。それを存分に楽しんだ二人はきっとそれぞれの自宅で、あるいはどちらかの家でゲームなぞ楽しむのだろう。
 それはひどく平和的な光景で、思わず祐巳の頬は緩む。なんだかんだ言ってあの二人は、心の底では信頼しあてってるように思えるのだ。
 何事も平和が一番だよ、うん。そう思い込み祐巳は一人、仲間探しの旅を続けるのだった。



 3

 気を取り直した祐巳は、当面の目的地として一年椿組を選んだ。今しがた可南子と瞳子に出会ったが、もう一人の椿組の知己はどうしているのだろうかと疑問が湧いたのだ。


未完

解説
 この後乃梨子に会いに行くも、乃梨子も妙な妄言を吐く。その後志摩子と由乃に会いに行き、こちらも話が通じない。進退きわまって祥子に相談に行くが、祥子も……という流れになる予定だったような気がします。そして最後は多分、夢落ち。






▲マリア様がみてる