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Z という夢を見た

「……っていう夢を見たんだけど、どうよ?」
「いや、どうよって言われても」
「ねぇ」
 テーブル越しに座る女生徒二人、松平瞳子と細川可南子さんは困ったように──というか、困った人を見るような視線で目を配せ合った。長々と語り続けた所為で喉がからからだった乃梨子は、テーブルの上の日本茶に口をつける。それは出涸らしの上に温かったが、奇妙な達成感と相まってとても美味しく喉を潤してくれた。
 ここは薔薇の館。つい最近、福沢祐巳さまの妹となり、晴れて薔薇の館の住人となった瞳子と、今日は部活動もなくヒマだからと、何となく薔薇の館に遊びに来ていた可南子さん。そして私こと二条乃梨子の三人だけが詰めていた。
 特に急ぐべき仕事もなく、そして今日はご覧の通り薔薇の館を訪れたのは一年生ばかりと、メンバーの集まりも悪い。ということで乃梨子たちは、お茶を飲みながら何でもない雑談に興じていたのだが、基本的に毎日クラスで顔を合わせる間柄であり、これといって新鮮な話題なども無かった。ならば仕方ない、ここは私がひと肌脱いで話題を提供しようと、山百合会役員選挙の投票日前日の夜に夢で見たエピソードを披露していたのだが、どうも乃梨子が当初予測していたよりも彼女たちの反応は鈍い。
 今が選挙期間中ならばそれこそ洒落になっていないのだが、瞳子は晴れて祐巳さまの妹として薔薇の館の住人となり、そして勿論志摩子さんは危なげなく選挙に当選したのだからもう時効かな、と気楽な気持ちで打ち明けたのだが……。
「可南子さん、どう思う?」
 瞳子は隣に座る可南子さんに話を振った。
「そうねぇ。率直な気持ちとしては、私の役どころが空気の読める理解ある友人、という感じがして、特に不満はなかったけど。瞳子さんは?」
 話を振り返された瞳子だが、ふっ、と興味なさそうに小さく息を吐いた。
「別に。どうせこんなの嘘っぱちだもの。真に受ける必要なんか無いわ」
「う、嘘じゃないよ!?」
 乃梨子は反抗するが、見た夢の証明の手立てなど無いのが辛いところだ。
「だいたい、私が乃梨子のために選挙に出馬しただなんて、そんなことあるはずがないもの。自意識過剰もいいところ。でも、乃梨子が最後に何を選んだのかは興味があるわ。つまりその嘘っぱちの夢の続きと言うことだけど」
 なんだ、なんだ? 興味があるのか無いのかはっきりしろ瞳子。
 それに、選ぶも選ばないも、夢はそこで終わったのだから、そこから先などあるはずも無い。乃梨子が考えたことといえばせいぜい、ああ夢でよかったなぁ、という安堵にも似た思いだけだ。
 それを素直に伝えるも、瞳子は納得してくれない。
「無いなら今考えてみなさい。それだけ仔細を覚えているなら、夢の中の自分に置き換えて考えるのも簡単でしょう」
「いやそんな事言われても……夢は夢だし」
 それに、よしんば考えてそして結論を出したとしても、そんな事おいそれと口に出せるわけがないじゃないか。
「駄目よ。考えて」
「無理」
「言いなさい」
「嫌だ」
 すると瞳子は、見たこともないくらい爽やかに笑った。
「──言わないとぶっ殺すわよ?」
「怖いよ瞳子!?」
 ほんと、松平瞳子という人間はよく分からない。冗談が通じているのかいないのか、本気なのかブラフなのか計りかねることが多い。あの夢の中の瞳子は流石にありえないとは思うが、きっと彼女の素顔は誰も知らないのだ。
 ふざけあう二人をよそに、可南子さんがしみじみと言った。
「でも、選挙って恐ろしいわね。乃梨子さんの夢のような間違いが起こらないとは限らないのだから」
「間違いとは随分ね。けどそうね、去年の選挙でも新人の方の立候補はあったらしいわ。だから、いつかそういう事が起きないとは限らない」
「来年も山百合会以外の人間が立候補するのかな」
 自分で言っておいて何だが、ピンと来るものがあった。瞳子も同じことを考えたらしく、思い切り目が合った。ぶつかり合った視線は絶妙なベクトルにより、とある一方向を指し示した。
「……へ? わ、私?」
 二人分の視線をまともに食らい、可南子さんは明らかに狼狽した。
 乃梨子と瞳子はうんうんと頷く。
「だって、こうしてちょくちょく薔薇の館に来てるし。だいぶ前だけど、手伝いに来てくれていた事もあったよね。可南子さんが薔薇の館にいるのは、自然だよ」
「バスケ部の新星というのも良い箔になるわね。来年は私と乃梨子と、そして由乃さまの妹? それが悪いとは言わない」
「でも、どうせならよりよい可能性を探ってみるのも悪くないね」
 そう促すも、可南子さんは顔を赤くして首を横に振る。
「だ、だめよ。友達同士じゃ馴れ合いになるわ。その、組織は馴れ合いじゃ動かないもの」
「それ、誰かさん達にも言ってあげなよ」
 可南子さんは大いに否定するが、焦っているのは脈がある証拠だ。自分が山百合会の薔薇と呼ばれる場面を想像し、照れているだけなのだ。
「だってそれじゃ、それこそ乃梨子さんの悪夢の再来……」
「ならないよ。私と瞳子は落ちないように死ぬ気で努力するし。あとは可南子さんがその気になってくれさえすればいい」
「うー、でも多分そんなの前例が無いし……」
「無いなら作ればいいのよ」
「そうそう」
 そんな感じに他愛のない話で盛り上がる。
 何でもない普段通りの薔薇の館のひとコマであった。


 了



 ※2009年3月5日 掲載



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