■光
孤独という言葉は、不思議だ。
満たされている、という概念があるからこそ、孤独は存在する。
親しき友人たちに囲まれる、満たされた日々を知っているからこそ、人は孤独を感じることが出来る。
だとすれば、私は、満たされていた筈だ。
今がこんなにも孤独なのは、かつてが幸せだったからだ。
それが、お姉さまが卒業してしまっただけで、私の魂は、こんなにも沈み込んでしまった。
私の全てを受け入れてくれたあの人、佐藤聖という存在が目の前から消失して。
それだけで、このざまだ。
今までの人生の中で、比較にならないほどの密度の濃さだった、山百合会に入っての人間関係。少なくとも私には──だったはずなのに。
それらが生み出した、沢山の絆。
祐巳さんは、いつだって私なんかのために必死になってくれる。彼女は、いつでも笑っていてくれる。
由乃さんは、意気地のない私の背中を、ぐいぐいと押してくれる。私にはないパワーを、与えてくれる。
それだけでは私は、満足できないのか。
彼女たちは一個の人間だから、無条件で私の全てを受け入れてくれるわけではない。
だがそれが、正しい人と人との付き合いのはずだ。
等身大の付き合いと呼ぶにふさわしいそれは、極めて健全なものだ。
だが、私の姉だった人──佐藤聖は、なにもかも、全てを受け入れてくれた。
その感覚を知ってしまった私は、だからこそ今、孤独を感じてしまう。
同時に、愕然とする。
私はこんなにも傲慢で、罪深い人間だったのか……と。
──そして、私の瞳に真白い光が差し込んでくる。
見慣れた部屋の中の空気は、ピンと張り詰めていてどこまでも冷たい。
私は、無意識に鼻の頭の位置まで布団を引っ張り上げた。
布団?
認識できるのは、薄手のカーテン越しに差し込んでくる朝日と、早朝特有の、まだ誰も触れていないかのような冷たい空気と、寝間着姿の自分。
「──朝、か」
わざと口に出してその事実を確認する。
今日は月曜日で、現在の時刻は7時前。
夢見は最悪だったが、起きる時刻は嫌になるほど普段と何一つ変わらない。いっそ、寝坊でもした方が気分は晴れやかだったかもしれない。
瞼は重く、腫れているような錯覚を受ける。
今朝に限って布団から出たくないのは、寒いからだけじゃない。
「体調が悪いみたい」と、父親に告げ、学校の方へ連絡してもらう。父親とリリアン女学園の教師の誰かが話す声を聞きながら、そういえば高等部に入って休むのは初めてだと、ぼんやりと思った。
朝食は摂らないで、私はすぐに自室へ引っ込んだ。食欲がないせいもあったがなにより、父親に嘘をついてしまったことが後ろめたかった。
いや、すでに見抜かれているのかもしれない。何しろ相手は、れっきとした聖職者なのだから。
部屋に戻り、一度抜け出した布団の中にまた逆戻る。
心地良い暖かさ。
体調なんて、別に悪くない。
私はただ、『学校に行きたくなかった』。
あんな夢を見てしまった後で、どうして彼女らに顔を合わせることが出来るであろうか。
二学年に進学しても、変らぬ関係を続けてくれる祐巳さんと由乃さん。
会える筈がない。
私は、明確に彼女らを否定していた。
全てを受け入れてくれない、などと、人として最も傲慢な思い上がりの一つではないのだろうか。そんな風に思ってしまった自分を、彼女たちの前に晒したくない。
眠ってしまって、このまま消えてしまいたかった。
母親が呼ぶ声で目が醒めた。
昼食だという。私はのろのろと布団から起き出して、体調の悪いふりを装って家族とともに昼食を食べた。あまりの自分の滑稽さに呆れる。
午後からは、ぱらぱらと教科書をめくってみたりもしたが、机に向かうと言う気分でもない。かといって暇つぶしにと手にとった文庫本にも没頭することが出来ず。
結局、一日を無為に過ごしていた。
そうして思う。
こんな自分も、お姉さまを想って切ない気持ちに苛まれる妹、と、形容できるのだろうか、と。
少女趣味のそれにくらべて、自分のそれはいかにも低俗で、くだらなくて、自己満足に満ちたものではないだろうか。
自己嫌悪に、思わず枕に顔をうずめる。
なんて、最低な人間なのだろうか、と。
いつの間にか眠っていたらしい私は、玄関に響くインターフォンの音で目を醒ました。
直後、階下からの母親の声に、私は全てを理解した。
「──さんが、お見舞いに来てくださったわよ」
響いてくる足音。
少しでも病人らしくしなければと思い、慌てて布団を被りなおす自分。
やがて部屋の襖が開けられて
薄暗かった部屋に、白い光が差し込まれる。
「志摩子さん? 具合、どう?」
ひょっこりと顔を現した私の妹──二条乃梨子の姿を認め、心が軽くなり、同時に重さと圧迫感を私の心は感じる。
要するに私は、試したかったのだ。
自身に向けられる無条件の肯定感情が、手の届くところにあるのだろうか……と。
「ありがとう乃梨子。わざわざ来てくれて。嬉しいわ」
「へっへっへ。志摩子さんの元へなら、どこまでも、いつでも、どんな時でも」
冗談めかしたその言葉は、事実と真実を含んだものであると、乃梨子のことを良く知っている私の本能が教えてくれる。
嬉しい。
素直にそう思ってしまったのは、最低な自分。
彼女を試すようなことをして、得たものは陳腐な自己満足だけ。
そんな汚い感情を、消して欲しい。
跡形もなく、一切の痕跡もなく、私と言う存在を消し去ってしまっても、構わないほどに。
目の前の少女の背の方から差し込む白い光に、融けて、混じり合って、消え去ってしまいたいと、私は思った。
了
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